第204話 半端者達 ※side ギゼルミーナ
一体、この戦争とは何だったのか。
オルフォード帝国魔法士第2連隊所属、ギゼルミーナ・カレスティアは魔族領から自国へと戻る行軍中、ずっとモヤモヤとして気持ちを抱えていた。
今にして思えば、ヴァイラント王国から来たあのアイバという人間が全てを変えてしまったのだと、ギゼルミーナは感じていた。
最初に遭遇した時はいけ好かないヤツだとギゼルミーナもいきり立ったものだったが、あの時の態度はブラフ――というよりも、自身の崇高な目的を達成する為の演技だった事が、今のギゼルミーナには理解出来ていた。
アイバはきっと、誰一人として犠牲者を出さずに戦争を止めたかったのだ。
だからこそ、ゴットフリー将軍と一対一での勝負などと、無謀な事を言い出したに違いない。
その想いは、どのような経緯であれギゼルミーナとも同じくする所だった。
「……ギゼルミーナ、大丈夫か?」
同じ風魔法士隊所属のスタンリーが心配そうにギゼルミーナの顔を伺って来る。
「ありがと、大丈夫。ちょっと疲れただけだから」
スタンリーとは、ギゼルミーナが士官学校に入学した時からの同期であった。
彼はギゼルミーナの境遇をよく理解しようとし、それが原因で時にはぶつかり合う事もあったけれど、今は互いの背中を預けられるまでの信頼関係を築いていた。
「あんま無理すんなよ? お前、士官学校でも無茶して倒れた事あったからな」
「いつの話をしてるの。もう、そんなヤンチャはしない」
スタンリーは士官学校に在籍中からこうしてギゼルミーナを気遣う様子を見せていた。
それは多分、自分の境遇に同情しているからなのだろう――
ギゼルミーナはそう思っていた。
彼女はダークエルフと獣人のハーフである。
ただでさえ少数種族のダークエルフと獣人、そのハーフともなればエルフ国にも獣人国にもギゼルミーナの居場所は無かった。
ダークエルフの父は物心ついた時から行方知れず、獣人の母は亜人連合国を追われて帝国に逃れたものの、ギゼルミーナが11歳の時に病で亡くなった。
天涯孤独になったギゼルミーナであったが、士官学校は実力さえ示せれば身分や出自を問わずに入学出来た。
ダークエルフの魔力と獣人の体力を併せ持ったギゼルミーナは、入学試験の実技でトップクラスの成績を叩き出したのだ。
ダークエルフと獣人のハーフであるという事で学校ではいじめなどもあった。
その度にギゼルミーナは自分に敵対する学生らをコテンパンにのして来たのだが、同時に孤立するようにもなっていった。
それでも、当時から正義感の強かったスタンリーだけはギゼルミーナに対して普通に接していたし、ギゼルミーナもスタンリーに実技を教える事を通じて、二人の仲は強固なモノとなっていった。
士官学校を優秀な成績で卒業したギゼルミーナとスタンリーは共に帝国の魔法士連隊へと勧誘されて、そのまま入隊。
今は大隊長付きの身分ではあるが、数ヶ月もしたら小隊長として部隊を率いる立場になる二人である。
しかし――
そんなエリートコースを歩むはずだった二人の目の前に、規格外の人間が現れた。
それがアイバである。
破天荒な言動、出鱈目な強さ、大言壮語な理想を掲げ、あまつさえそれを実行しようとする理解不能な意志の強さ。
大陸最強のゴットフリー将軍と引き分けるという実力を有しながらも、決して
自身の境遇を嘆き、それを国や社会の責任に転嫁する自分に対して、である。
理想を掲げ、現状を変える為にと行動を起こした事など、ギゼルミーナには一度も無い事であった。
それはスタンリーはおろか、もしかしたらゴットフリー将軍ですら体現し得ない生き方であるかもしれなかった。
ほんの少しの間、一緒にいただけではあったが、それほどまでにギゼルミーナの中でアイバという存在は忘れられないモノとなっていたのである。
「――気付いているか?」
不意に、ギゼルミーナの隣を歩くスタンリーが耳打ちして来た。
「……うん。数は三人――いや、四人だね」
「あぁ。チャチな魔法だな。姿は消したつもりかもしれないが、気配でモロバレだ。どこの手の者だ――って、ヴァイラント以外にはあり得ないか」
スタンリーは冷静にそう言っていたが、ギゼルミーナは違和感を覚えていた。
こんな見え透いた手を使って帝国軍に忍び寄る事などするものだろうか、と。
もしかしたら、ワザと気配を探知させている?
これは罠――ギゼルミーナはそう思ったが、スタンリーは既に上司に報告をしていた。
「――行くぞ、ギゼルミーナ。オレ達でヤツらを捕縛して正体を暴くんだ」
こうなったスタンリーはもう止められないという事を、ギゼルミーナは長い付き合いから学んでいた。
彼女はため息を吐くと、スタンリーを始めとした魔法士数名と共に姿の見えない人間達を瞬時に包囲して見せた。
「おい、隠れてないで姿を見せろ。ヴァイラントの人間だというのはわかっているんだ。もし姿を見せないというのなら――」
すると、スタンリーが最後まで言い終わらない内に、四人の人間が姿を現していた。
「――だから言ったじゃない。こんな小細工はすぐにバレるって」
姿を現した内の一人、紅一点の長い黒髪を携えた少女が言っていた。
「るっせえな。だったらテメェ一人で行きゃよかっただろ? 何べん言わせりゃ気が済むんだよ」
「ま、まぁまぁ神室さん、落ち着いて。敵に囲まれてますって……」
「そりゃあハナから望む所じゃねえか。なあ、友也?」
「んー? さぁ、オレは別にどうでもいいけどね。それより腹減ったわ」
…………なんだろう、彼らの緊張感の無さは。
ギゼルミーナは連中の会話を聞きながら、半ば呆れていた。
妙な格好はしているし、まだ少年少女といってもいいくらいに若い。
そんな連中が天下のオルフォード帝国軍に姿を隠して近づくなんて、一体何を考えているのだろうか。
ギゼルミーナは呆れつつも、若干の興味を覚えていた。
「おい、何者だお前ら? 何を企んで帝国軍に近づいた?」
スタンリーは若干苛立った様子で少女達に詰問していた。
「企むなんてとんでもねえな。オレ達はただ、ゴットフリー将軍とかいうヤツに会いたかっただけだ」
この四人の中でリーダー格と思われる金髪で背の高い少年が答えていた。
「ゴットフリー将軍に……? 会ってどうするつもりだ?」
「弟子にしてもらうんだよ」
「弟子、だと……?」
ギゼルミーナは思わずスタンリーを顔を見合わせていた。
「ふざけるのも大概にしろ。お前達はヴァイラントの人間なんだろう? どうして将軍の弟子になんか――」
「さっきからゴチャゴチャうるせえヤツだな。いいから将軍に会わせろや。本人に直接話した方が早く済むだろうが。下っ端は引っ込んでろ」
「下っ端だとぉ……?」
いけない――
ギゼルミーナは咄嗟にそう思い、スタンリーの前に出て少年にこう問うた。
「どうしてあなた達は将軍の弟子になりたいの?」
「そんなの強くなりたいからに決まってんだろ? 将軍は大陸最強と言われてるらしいじゃねえか。だったらソイツの弟子になりゃあ、あのコソ泥よりも早く強くなれる――そう思ったんだよ」
「コソ泥……? もしかしてあなた達、アイバを知ってるの?」
「あぁ? そりゃこっちのセリフだ。どうして帝国の下っ端が相羽を知ってる?」
なんという偶然だろうか。
こんな所でアイバを知る人間と出会うなんて……
ギゼルミーナは心臓が高鳴っているのを感じていた。
「……わかった、将軍に掛け合ってみる」
「ギゼルミーナ?! お前、正気かよ?! こんな得体の知れないヤツらを将軍に会わせるだなんて――」
スタンリーは今にもギゼルミーナに掴みかからんばかりに詰め寄って来ていた。
「まだ会わせるとは決まってない、あくまでお伺いを立てるだけ。このままこうしていても埒が明かないでしょ? だったら将軍に直接指示を仰いだ方が早いわ」
「そ、そりゃまあ、そうだけどさ……」
士官学校を卒業したばかりの尉官風情が将軍に直接掛け合うなど、本来はあり得ない事ではあった。
だが、ゴットフリー将軍という人間は上下関係といったものはあまり重視せず、それよりも冷酷なまでに合理性を重視するタイプであった。
それゆえに、アイバを将軍に会わせた時もすんなりと事が運んだのである。
ギゼルミーナとスタンリーらが不審者達を見張っている間、他の魔法士がゴットフリー将軍へと彼らの処遇について相談する事となった。
将軍へ相談に行った魔法士はすぐに戻って来ると、こう言った。
「――ゴットフリー将軍はお前達に会うそうだ。ついて来い」
「ぃよっしゃぁ! さっすが天下の大将軍様だ、話が早くて助かるずぇ!!」
「ちょ、神室さんっ、あんまり大きな声で目立つような真似はしないで下さいっスっ」
……本当に大丈夫だろうか。
ギゼルミーナは自身が発案した事とはいえ、急に不安になっていた。
彼らをゴットフリー将軍に会わせると、将軍は彼らの弟子入りは認めなかった代わりに異世界から来た客将として迎え入れる事を了承した。
そして、彼らの世話役をギゼルミーナに押し付けたのだった。
彼らのような半端者の世話は、同じく半端者の自分にこそ相応しいとでもいうのだろうか?
ギゼルミーナは憮然たる面持ちで世話役を引き受けたのだった。
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