第205話 占領下の孤児院 前編
難民村で昼食を取った俺は、王都へ飛び立つべくマリー達に別れを告げていた。
「じゃあな。王都でのゴタゴタが終わったらまた様子を見に来る」
マリーは寂しそうな笑顔をして頷いていた。
「相羽君って、仕事にのめり込んで家庭を省みないタイプよね」
すかさず高月が嫌味を言って来る。
「『亭主元気で留守がいい』って言うだろ? むしろ俺なんかは居なくてラッキーまである」
「それは普段から家庭における役割を果たせてないからでしょ? 家事を率先してやったり子供の面倒を見たり小さな気遣いを示してくれれば『留守がいい』なんて言われないわよ」
「俺なりに出来る事はやってるつもりだけどな。お前からしたら全然足りてないって事か」
「国家存亡の危機っていうのはわかるけど、国が滅んでも人が滅びるわけじゃないでしょ? でも人が滅んだら国も滅びるわ」
「そうだな、お前の方が正論だ。こうなったのも全部俺の落ち度だ。すべてが片付いたらお前にはちゃんと礼をするから、それまでマリーの事を頼む」
「しょうがないわね、ホント。ここで待っててあげるから、さっさと終わらせてきなさい」
「……まるで夫婦の会話を聞いているようなんだけど?」
笠置のツッコミに高月は冷静にこう返していた。
「やめてよ、わたしは結婚とか興味ないんだから」
「そっか、舞は仕事に生きる女なんだ。でも相羽君もそっち系みたいだし、意外と気が合うんじゃない?」
「そっち系って何だよ。俺はぼっち系だ」
「いや、それ自慢げに言う事じゃないから……」
コイツらと話しているといつまでも出立出来そうになかったので、俺はさっさと会話を切り上げる事にした。
「とにかく、俺はもう行くからな。またな、マリー。今度は王都土産でも持って来てやるから」
「うん」
はにかむようなマリーの笑顔を背にして、俺は王都へ向かって指輪の飛翔魔法を使った。
拘束船での移動も検討したが、ボーデンシャッツ公の手が伸びている可能性もあるし、船着き場で検閲でもされていたら面倒だから、手っ取り早く空から行く事にした。
難民村から王都までは1時間ほどで到着した。
上空から王都を見下ろした限りにおいては、以前と変わらない街並みが広がっているように見える。
変わった点があるとすれば一つだけ。
王宮にはためいていたヴァイラント王家の『鏡』を模した紋章旗が、ボーデンシャッツ公を象徴するそれに変化していた事だ。
金色の五角形に、黄金の鹿をシンボルとした"いかにも"な旗だったが、まあ、誰の旗かすぐにわかる事こそ紋章の存在意義だろう。
クーデターが成功した現在、ヴァイラントという国には統治者が二人存在している事になる。
こんな混乱、早く鎮めなきゃな……
ともあれ、まずは情報収集だ。
俺は『隠密』で気配を消しつつ、王都の南西にある孤児院に下り立つ事にした。
ソフィアのいる孤児院や王立魔法研究所だと、ボーデンシャッツ公の手が伸びている可能性があるが、貧民地区にある孤児院をクーデター勢力がどうこうしようなんて事は考えないだろう。
俺は孤児院の屋根に下り立つと、そこから周囲の様子を伺った。
……誰もいない、な。
少なくとも、いつものようにダリオ達がサッカーをして遊んでいられるような状況でない事は確からしい。
そこで俺は『盗聴』を使って建物内部に耳を澄ませてみる。
「――ほらぁ、散らかしたモノはきちんと片付けてってば!」
「やーだよー! キャハハハッ!」
「あ! こら、ダリオ! 家の中でサッカーしないでっていつも言ってるでしょ~?!」
「へっへーん! やめさせたかったらジリキでやってみせろ~!」
…………孤児院は、今日も平和のようだった。
しかしティーナのヤツも大変だな。
今はセシリア主任と和解して一緒に暮らしているはずなのだが、以前と変わらず孤児院の方へも顔を出しているらしい。
肝心のシスターの声が聞こえなかったが、この様子なら無事なんだろう。
俺は屋根から飛び降りて孤児院の入り口に立つと、玄関扉をノックした。
「――開いてるよ」
中からシスターの声がした。
いつのもとおりぶっきらぼうだったが、その"いつも"を感じられるだけで少し安堵する。
俺は扉を開けて中に入ると、シスターは食卓で頭を抱えながら紙面とにらめっこしていた。
「…………なんだ、誰かと思ったらアイバじゃないか。アンタ生きてたんだね」
随分なご挨拶である。
「残念ながらな。戦場で死に損なった。魔獣は全滅させたし魔族も追っ払って来た。英雄とは言えないかもしれないが、これならシスターを嫁に迎えられそうか?」
シスターの礼を欠いた挨拶に、俺は皮肉で返してやった。
「魔獣を全滅……? ウソも大概にしな――と言いたい所だけど、その表情からするとどうやら本当のようだね」
シスターは椅子から立ち上がるなり俺の方へ近づいて来たと思ったら、いきなりハグされた。
「…………お帰り。ずっと待ってたんだよ」
さっきと言ってる事が違う気がするのは俺だけですかそうですか。
「シスターって、そんなキャラだったか?」
「たまにはいいだろう? こういう湿っぽいのも」
「…………まあ、たまになら、な」
2階では子供達とティーナの騒ぎ声が聞こえる中、俺はなぜかシスターに抱き締められたまま動けなかった。
こういう風にゆったりとした時間の中で、人の温もりを感じるのはいつ以来だったろうか。
そんな事を考えてしまうくらいには、俺は近頃十分な休息を取っていない事に気が付いた。
昨夜からほとんど休みなく飛んで来てたしな……
「あ~っ! シスターがアイバと抱き合ってる~!!」
子供の大声が聞こえたかと思いきや、2階からバタバタと階段を駆け下りて来る音がして来た。
シスターは俺に困ったような笑顔を向けた後、ゆっくりと俺から離れて行った。
「なになに?! シスターがどうしたって?!」
「アイバがきてるのか?!」
「こらぁ、家の中は走るなっていつも言ってるでしょ~!! ――って、アイバさん?!」
ある意味、魔族や帝国を相手にするよりもカオスな状況だった。
何はともあれ、孤児院のヤツらは全員無事なようでよかったよ。
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