第206話 占領下の孤児院 後編
孤児院の1階で俺は、シスターとティーナの二人に王都の現況について情報を得る事にした。
子供達は大人しく2階へ戻っていったが、今尚ドタバタと騒がしく暴れ回っている。
それでも犠牲者がいなかった事は救いだった。
「昨日の早朝の事さ、急に王都中が騒がしくなってねぇ……」
シスターの話によれば、朝のお祈りを済ませて子供達を起こそうとしていたら、明け方にもかかわらずお祭り騒ぎみたいな声が聞こえて来たそうだ。
何事かと思って外へ出てみると、ボーデンシャッツ公の軍勢が王都の東側に陣取り、今まさに攻め入ろうとしている所だったとか。
国王が兵士の半数を連れて行っていた手前、残った守備兵と国家憲兵で対処していたらしいが、王都の東門が何者かの手引きによって開かれてしまい、あっさりと敵の侵入を許したんだそうだ。
「この孤児院は王都の西側だからまだ良かったけどね、東側にある貴族の邸宅や芸術劇場付近では市民にも被害が出たみたいだよ。ボーデンシャッツ公の部隊は傭兵とかならず者が中心で、あまり統率が取れている感じじゃないみたいだしね」
そういう話を聞かされると益々ソフィア達が心配になって来る。
クリスティーナは強いし、ソフィア自身も魔法士だ。
若月と氷上も大聖堂で職業に就いたんだろうから自衛くらいは出来るだろうし、無事ではいてくれると信じたいが……
「それから敵はあっという間に王宮まで攻め入ったらしくてね。軍の上層部が裏切ったってんで王室近衛兵もほとんど無抵抗、昼過ぎには王宮は陥落しちまった」
オクタヴィアのヤツも無事でいてくれるといいが……
「ユリアーナ王女の身柄はどうなってる? 軟禁状態だとは聞いていたが」
「さあ、アタシらは詳しい事は何も。ただ、殺されたって話は聞かないから無事は無事みたいだけど」
「そうか」
まだ国王が生きているんだから王女の人質としての価値は十分にある、か。
「セシリア主任の方はどうなんだ?」
俺はティーナに訊いてみた。
「うん……お姉ちゃんとは直接は会ってないけど、無事だとは思う。魔法研究所が襲われたって話は聞いてないから……」
なら、音羽達も無事なんだろう。
「子供達が外へ出ていないのは、やっぱり警戒をしているからか?」
「まあ、一応ね。ボーデンシャッツ公もこんな貧民地区にわざわざやって来て略奪なんてしないだろうけど、万が一という事もあるからさ」
シスターも先日の誘拐事件が堪えているんだろうな。
立て続けに子供達に何かあってはと、少し過保護になっているのかもしれない。
「でも、アイバさんも無事で良かったです。本当に心配してたんですから……」
ティーナは目に浮かんだ涙を浮かべながら言った。
「そんなに頼りなさそうに見えるか、俺は」
「そういう事じゃなくて、純粋に身を案じていただけです」
「わかってるさ、冗談だ。だから泣くな」
「……はい」
ティーナは服の袖で涙を拭っていた。
「――それで、アンタはこれからどうするんだい?」
「このままボーデンシャッツ公をひっ捕らえたい所なんだがな、軍のお偉いさんがそれを望んでいないもんだから、地道な情報収集に徹するつもりだ」
「全く、下らないプライド振りかざして国が滅んだらどうするつもりなんだろうねえ……」
それには全くの同感である。
「あの、アイバさん……」
「わかってる。セシリア主任の無事も確認出来たらまたここへ戻って来るさ」
「……すみません」
「気にするな。別にティーナの為じゃあない、俺が彼女の安否を気にしてるだけだ」
「素直じゃないねえ、全く」
シスターが肩を竦めながらそう言っていた。
「それはそうとシスター、外へも出て行けないんだろ? 何か必要な物資とかあればついでに持って来るが」
「いや、今はもうだいぶ落ち着いているんだよ。ボーデンシャッツ公も部下を躾けているらしくてね、買い物をするくらいは平気だろうさ」
「買い物って、市場は開いているのか?」
「言われてみればどうなんだろうねえ……さすがに昨日は閉まっていたと思うけど、今も商売なんかしている場合じゃないかもしれない」
「なら、市場の様子も見て来る」
「そうかい? もし市場が開いていたら保存の利く食料があれば有難いね」
「わかった――あぁ、それと昨日、シェプール教の法皇に会ったぞ」
「法皇様に?」
俺は帝国との停戦交渉のあらましを話した。
「魔族領の分割ねえ……帝国の皇帝ってのはどこまでも欲深い人間なんだね。でも、法皇様が睨みを利かせている間は無茶はしないはずさ」
「あぁ。俺も実際会ってわかったが、法皇と呼ばれるだけあって出来た人間だったよ」
「だろ?」
シスターがニヤリ、と笑みを浮かべていた。
「アタシがこうしてここにいるのも法皇様のお蔭なんだ。アンタ、失礼な事してないだろうね?」
「俺は普段からこんな感じだからな、失礼が服を着て歩いているようなもんだろ。手遅れだ」
「……はぁ。ま、それでも法皇様なら受け入れて下さるだろうけどね」
確かに、俺の態度を
器が大きいと言えば、そうなんだろう。
「――さて、俺はそろそろ行くよ」
シスターと会話を終えると、俺は
「そうかい? まあ、無茶だけはするんじゃないよ」
「……アイバさん、その……お気を付けて」
心配そうな表情をしているティーナに頷くと、俺は孤児院を出た。
外に出た俺が改めて街中を見渡してみると、普段よりも静かだと言うのは伝わって来る。
ボーデンシャッツ公の手下が変な暴挙をしていないだけでもマシというものか。
さて、次にどこへ向かうべきか?
――なんて答えは決まっている。
やはり主のソフィアの所だ。
アイツも王家の血を引く人間だ、ボーデンシャッツ公も何かしらの手を打っているかもしれない。
俺は『隠密』を使いつつ、街の様子を探りながら早足に貧民地区から抜け出した。
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