第212話 善き王女の為のパヴァーヌ
オクタヴィアに先導されて、俺はボーデンシャッツ公の兵士の恰好をしたままユリアーナ王女の自室に向かっていた。
王女にはこれまでの経緯と今後の作成内容を報告する必要があったし、何より俺自身が彼女にソフィア達を救ってくれた感謝を述べたかった。
ユリアーナ王女の自室前に着くと、近衛兵が見張りをしていた。
てっきりボーデンシャッツ公の兵士が見張りをしていると思ったんだがな。
王女に変なストレスを与えて今後の夫婦生活に支障が出ると面倒――とか考えたのかね。
何せよ、同じ近衛兵のオクタヴィアであれば、王女の自室に入るのはもう顔パスである。
見張り兵はただ敬礼するだけで通してくれた。
「――王女殿下。オクタヴィアです」
オクタヴィアは部屋の扉をノックしながら自身の来訪を告げていた。
「…………どうぞ」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声が部屋の中から聞こえて来た。
「失礼致します」
オクタヴィアが中に入ると、俺も続いて中へと入る。
見張りの近衛兵には一瞬だけ不審な目で見られていたが、オクタヴィアが連れて来た人間に文句は言えないのだろう、黙って通された。
ユリアーナ王女はソファに全体重を預け、まるでこの世の終わりかと思うくらいに意気消沈した面持ちで俺達を出迎えた。
「…………すみません、このような状態で出迎える事になってしまって」
王女のは体調が悪そうだった。
目の下には薄っすらとクマが出来ていたし、睡眠もちゃんとは取れていないようだ。
「いえ、わたしの方こそ急に押しかけてしまい申し訳ありませんでした」
オクタヴィアは宮廷の礼儀作法に則った綺麗なお辞儀をしていた。
「……そちらの方は?」
ユリアーナ王女は俺の存在に気付いたようだが、興味があるというよりは義務的に質問したような感じだった。
「王宮に侵入したコソ泥です」
「言い方」
「わたしを拘束しようとした暴漢です」
「だから言い方。それにあの時はあんたの方から襲い掛かって来たんじゃないか」
「曲者を黙って見逃すほど王室近衛兵は甘くはない」
「そういう割には俺をこんな所まで連れて来てるじゃないか」
「アーデルハイトの顔を立てているだけだ。そうでなければ誰がキサマなぞを――」
俺達の妙な掛け合いを、ユリアーナ王女はきょとんとした表情で見つめていた。
「……ええと、つまり彼はオクタヴィアを脅してここまでいらした――という理解でよいのでしょうか?」
つぶらな瞳をしながら妙な誤解をしているユリアーナ王女。
「全然よくない。俺はオクタヴィアに頼んであんたに礼を言う為にここまで来たんだ」
「お礼、ですか……?」
ユリアーナ王女は小首を傾げていた。
腰近くまであるゆるふわ金髪が、わずかに揺れる。
その様子が少しだけソフィアを思い起こさせた。
「どこが礼だ。キサマの今の態度が無礼であろう」
「構いません、オクタヴィア。失礼ですがお名前は何と仰るのでしょうか?」
「ユルフワ・パツキンスキーだ」
王女の問いに、俺は適当に答えてやった。
「アイバ・ナオタカという異世界から来たケチな盗賊です」
「おいコラ、何を的確に修正してるんだ。ツッコミくらいしろよ、俺一人がバカみたいじゃないか」
「みたいじゃなくて、実際にキサマ一人がバカなのだ」
「そのバカにコテンパンにやられたのはどこの王室近衛兵でしたっけねえ?」
「さてな。キサマがバカをこじらせて記憶違いでもしているんだろう」
「記憶違いをしてるのはどっちだっつの。俺がバカならそっちもバカだろ」
「……ぷっ、あはははっ!」
気付けば、ユリアーナ王女が声を上げて笑っていた。
「――ああ、いえ、すみません。オクタヴィアがこんなに楽しそうに話をしているを久しぶりに見ましたので、つい……」
……楽しそうだったか、コイツ?
もしかしてアーデルハイトと一緒にいる時のオクタヴィアは、大体こんな感じなのかもしれないな。
何にせよ、これで王女も少しは元気を取り戻したようだった。
「お耳汚し、失礼致しました」
「いいのです。それよりアイバさんと仰いましたね。異世界から転移されて来られたという事は、わたくしとも一度お会いしているはずですね?」
「ああ。謁見の間で、一度だけな」
「そうでしたか。それは大変失礼を致しました」
「あの時は同じ制服を着たヤツが25人もいたんだ。一人一人の顔を憶えている方がどうかしている」
「心の広いお方で助かります。それで、わたくしにお礼をしたかったというのは?」
「俺は今、ソフィアの下で執事をやってるんだ。俺が不在の間、ユレンシェーナ家に近衛兵を派遣してくれたのはあんただと聞いてな。主を救ってくれて感謝する」
俺は頭を下げた。
「そんな……ソフィアお姉様はわたくしの大切な従姉ですし、近衛兵第4小隊は元々王族に連なる者達を守護する義務がありますから。当然の事をしたまでです」
「それでもだ。近衛兵が来なかったらソフィアも屋敷の連中も今頃どんな目に遭わされていたかわからなかった」
「……アイバさん、あなたはとても誠実な方なのですね」
「殿下、騙されてはなりません。この男は王宮へ黙って侵入して来たのです。それも二回も。誠実な人間であればそのような事はいたしません」
「ちょっと待て。俺の前科は国王によって免罪されたぞ。今回だってあんたがここまで連れて来たんだから、俺に罪があるならあんたも同罪だろうが」
「――とまあ、このように口ばかり達者な盗賊であり、おおよそ誠実な人間とは程遠いのです」
オクタヴィアはあくまで俺を貶めたいらしいな。
「うふふ、二人が仲良しなのはとてもよくわかりました」
「殿下、誤解されては困ります。わたしとこの男は不倶戴天の間柄。決して仲良しなどでは――」
ユリアーナ王女は何か勘違いをしているようだったが、訂正するのも面倒だったので俺はもう放っておいた。
「――あ、そうだ。王女に言っておきたい事があったんだ」
「何でしょうか?」
俺はここ数日の帝国や魔族軍の動きを要約して伝えた。
「魔族軍を撃退した……? アイバさんお一人で?」
「別に信じなくても構わないがな。とにかく2ヶ月後にルイス=ハート法国で魔族軍の遺領を巡って会合が開かれる。それまでにはボーデンシャッツ公を排除しておきたい」
「わたくしも同じ気持ちではありますが……」
それが出来るなら苦労はしないってか?
「ボーデンシャッツ公を捕らえるくらいなら俺一人でも出来るんだが、軍部は『国王の親征軍がクーデターを鎮圧した』という体裁にしたいらしくてな。もどかしいんかもしれんが、もうしばらくはこの状態で我慢してくれ」
「……アイバさん、あなたは一体どういうお立場で動かれているのですか?」
「俺はゼルデリア王国を復活させたい、ただそれだけの為に動いている」
「ゼルデリアを復活、ですか? それはソフィアお姉様の依頼で……?」
「いや、俺が勝手にやってる事だ」
元々はソフィアの願いだったんだけどな。
「そうですか……もし、わたくしでもお力になれる事がありましたら、いつでも仰って下さい」
ユリアーナ王女は本当にソフィアの事を慕ってるんだな。
それほど付き合いが長いわけでもないだろうに。
ソフィアの人徳ってヤツなのかね。
「なりません、殿下。この男にそのような安請け合いをしてしまっては、御身がいくらあっても足りません」
「あんたは俺を何だと思ってるんだよ。そんなに無茶なお願いはしてこなかっただろ?」
「ローゼンベルク伯爵家の血筋を引くたしに気安くお願いをする事自体が万死に値する」
「どんだけ自分の価値を高く見積もってんだよ。お願いするだけで殺されたんじゃ、あんたの周りは死体だらけじゃないか」
「うふふ、まあまあ二人共。仲が良いのも結構ですが、そろそろボーデンシャッツ公がこちらにお出でになる時間ですから」
オクタヴィアと会話していると、無駄話が多くなって困る。
「わかった、それじゃあ俺はこれで失礼する。悪かったな、体調が悪いに邪魔して」
「いえ、わたくしの方こそありがとうございました」
「? 礼を言われるような事は何もしてねえよ」
「わたくしを励ましに来て下さったのでしょう? きっと、あなたも自身もお辛い目に遭われたはずですのに……」
……どうしてナタリエの事がバレたんだろう。
そんなに態度に現れていたのだろうか。
「俺は潜入捜査の為にここへ来たに過ぎない。あんたの事は"ついで"でしかないんだからな」
「その"ついで"として人を励していかれるなんて、中々出来る事ではありませんよ」
王女は柔らかい笑みを浮かべていた。
「……ま、誤解したけりゃ勝手にすればいいさ。とにかく俺はもう行く。こう見えても忙しいんだ」
ぶっきらぼうにそれだけ言って、俺は王女の前を素通りして窓を開けた。
「な、何をするおつもりですか……?」
「俺の服がこの下にあるんでな。それを取りに行くだけだ」
「ちょ――」
俺はユリアーナ王女の制止も聞かず、『跳躍上昇』を使って窓から飛び降りた。
地面に着くなり上を見上げる。
窓からは王女とオクタヴィアが複雑な表情で俺を見つめていた。
こういう事してるからオクタヴィアの心証が悪くなるのかね。
俺はその場を後にすると、茂みに隠しておいた服やミスリル製防具などを身に付ける。
そして、ここへ来たのと同じように城壁を飛び越えて王宮から抜け出した。
さて、お次は魔法研究所の様子でも見に行って来るか。
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