第211話 短気は本気

 王宮の前にはボーデンシャッツ公の兵士が見張りについていた。


 以前ここに佇んでいた王室近衛兵とは違い、鼻クソでもほじっていそうなくらいやる気の感じられない勤務態度である。


 コイツらを倒して正面突破するのは容易い。


 が、面倒事を起こしたくはなかったので、以前と同じように『隠密』で気配を消し、『跳躍上昇』を使って王宮の壁を飛び越えた。


 王宮内に侵入した途端、間の悪い事に巡回兵士に見つかってしまった。


 俺は兵士の首に手刀を浴びせて気絶させると、ソイツの衣服を『スティール』で奪い、これまた以前と同じように変装を済ませる。


 ボーデンシャッツ公の兵士に成り済ました俺は、以前訪れたオクタヴィアがいるであろう執務室へ向かった。


 途中で見張りの兵士や巡回兵士ともすれ違うが、適当に挨拶してやったら何も咎められる事はなく素通りである。


 正規の王室近衛兵も何人か見かけたが、ボーデンシャッツ公に忠節を誓ったようにはとても見えず、公の兵士達といがみ合っているようにすら見える。


 国防長官が裏切ったとはいえ、裏切りが末端の兵士にまで浸透しているかと問われれば、答えは否なのだろう。


 ボーデンシャッツ公には理念や理想はないのだろうか?


 王都をを占拠して一体何をしたいのだろうか?


 その答えを探るべく、オクタヴィアの執務室前に着くと扉をノックする。


「――開いているぞ」


 中からオクタヴィアの声がする。


「失礼します」


 俺が扉を開けて中に入ると、オクタヴィアは呆然自失とした状態で窓から外を見上げていた。


「…………また、お前か」


 どうやら俺の事は覚えているようである。


 相変わらず常軌を逸した美貌、透き通るように美しくサラサラの銀髪。


 だが、その表情は疲れ切った老婆のようにやつれているようにも思える。


「何をしに来た? またユレンシェーナ家を守れとか言うんじゃないだろうな」


「いや、その件については礼を言いに来た。ソフィアと屋敷の皆を助けてくれて心から感謝する」


 俺は腰を九十度に曲げて頭を下げた。


「……別に、お前の頼みを聞いたわけではない。あくまでユリアーナ様の命に従ったまでだ」


 ソフィアの言っていたとおり、あの王女の計らいだったのか。


「それでも、ソフィア達を救ってくれたのはあんたの指揮していた王室近衛兵だ。本当に助かった」


「ふん……用件はそれだけか?」


「今日はこれを持って来た」


 俺は懐からアーデルハイトから貰った手紙を取り出し、テーブルの上に置いた。


 しかし、オクタヴィアは一瞥いちべつくれるだけで、その手紙に目を通そうとはしなかった。


「読まないのか?」


「どうせアーデルハイトからの紹介状か何かなのだろう? 今の私に彼女からの手紙を読む資格など無いさ」


 こりゃあ王宮がボーデンシャッツ公に占拠された事で、相当へこんでいると見た。


「そうか。読まないなら、俺が代わりに――」


 俺が手紙に手を伸ばそうとしたら、オクタヴィアは壁に立てかけてあった剣を鞘のまま俺に突きつけて来た。


「何だよ、読まないんじゃなかったのか?」


「だからといって、キサマに読ませる気はない」


 それでも剣を抜かなかっただけ、彼女も少しは俺を信用する気になったのかもしれない。


「あんたはよく耐えたよ。本当は戦いたかったんだろ? ボーデンシャッツ公と。だが、国防長官の命令で一切の戦闘を禁じられた。それでも結果としては護衛対象の王女もソフィアも無事だった。責務は果たしたと思うぞ」


「……コソ泥如きの世辞に屈するわたしではない」


「それでも、あんたは尊敬に値する近衛兵だよ――って、アーデルハイトなら言いそうだけどな」


「キサマにアーデルハイトの何がわかる?」


「真っ直ぐで、凛としていて、他人には優しいクセに自分には厳しい。平民にもかかわらず、努力で今の地位を獲得して"奇跡の乙女"なんて言われている。俺にとってアーデルハイトは命の恩人であり、尊敬に値する人間だ」


 するとオクタヴィアはため息を吐いて、真っ直ぐに俺を見つめて来た。


「わたしは、お前という人間がわからないな」


「奇遇だな、俺も自分がよくわからない。だから俺は『自分にも他人にも理解されない人間』という理解でいいんだと思う」


「……ふん、本当におかしなヤツだ」


 俺はこの時、初めてオクタヴィアの笑顔を見たような気がする。


「そうして笑っているあんたは"笑顔の乙女"と呼べるくらい様になってるんだがな」


「キサマの世辞には屈しないと言ったはずだ」


 そういう割には頬が少し紅潮しているようにも見える。


 なんだかんだ強がっていてもそこはおプライドのお高いお貴族のお嬢様、褒められて悪い気はしないんだろう。


「言いたい事はそれだけか? 用がないならさっさと出て行ってくれないか?」


 以前のように無理矢理にでも追い出そうとしない辺り、アーデルハイトの手紙は効果があるみたいだった。


「俺はディートリヒ中将の作戦に乗っかってここに来ている。役割を果たす前に帰るわけにはいかないな」


「中将閣下、だと?」


 俺はここ数日に起きた出来事をかいつまんで説明した。


「――なるほど。それでコソ泥のキサマがスパイとして送り込まれたというわけか」


「あぁ。というわけで情報くれ」


「どうしてキサマはそう――いや、いい。わたしも現状を良しとはしていないのでな、不本意ながらも話せる事は話してやる」


 プライドの高いオクタヴィアは、それでも王宮内部の動向を教えてくれた。


 マテウス国防長官とミハエル参謀総長が裏切ったのは確実だという事。


 その二人の命令によって王室近衛兵はボーデンシャッツ公の兵とは戦えず、易々と王宮への侵攻を許してしまった事。


 今後、ユリアーナ王女を妻に娶り、正統なヴァイラント王位継承者になろうとしている事。


 ボーデンシャッツ公の後ろ盾には帝国がいるらしい事。


 ガロ・サパリ連合軍は単なる脅しであり、本気でヴァイラントへ攻めて来るつもりはない事などが判明しているという。


「ガロ・サパリ連合軍が単なる脅しとなると、ボーデンシャッツ公は袋のネズミじゃないか。帝国はもう自国へ引き上げているぞ?」


「そこはわたしも気になる所ではある。元々ボーデンシャッツ公は帝国と挟み撃ちで陛下を討とうと企んでいたのだろうからな。公の兵士だけでは、陛下の親征軍には到底叶うまい」


 ボーデンシャッツ公が王都へ易々と侵入出来たのは手引きした者がいたからだ。


 裏を返せば、オクタヴィアのように王家に忠誠をヤツがいる限り、国王が王都を包囲すれば国王軍を王都へ手引きするヤツが出て来る可能性は十分ある。


 ボーデンシャッツ公は自分に忠誠を誓う者以外を処刑――なんて冷酷な真似はしていないのだから。


 これじゃあ、自滅を待っているようなものだ。


 …………いや、待てよ?


 自滅、自滅か。


「……なあ、あんた恋人とかっているのか?」


「何だ、やぶから棒に。そんな事をキサマに答える義理はない」


「じゃあ、親とか兄弟とかでもいいんだが、大切な存在は?」


「親も兄弟も、陛下もユリアーナ王女もアーデルハイトも、皆わたしの大切な人に決まっている」


「もし仮にその大切な人達が亡くなった時、自暴自棄になってその後を追いたくなる――そういう気持ちになる事ってあるのか?」


「……何を言っているのだ、キサマは? そんな事は答えずとも少し考えればすぐにわかるだろう」


「だよなぁ、やっぱり……」


「キサマ、さっきから何を――」


 そこまで言いかけて、オクタヴィアは気付いたようだった。


「まさか、ボーデンシャッツ公の狙いとは――」


 俺はオクタヴィアの言葉に、頷いてみせた。


「そんなフザけた理由で王都を、ユリアーナ殿下を汚す事など許されるはずがない……っ!!」


 美人というのは怒った顔もサマになるんだから、困りものだ。


 ……いや、別に何も困りはしないんだが。


 ただ、俺がここへ入って来た時よりもオクタヴィアの表情が生き生きしているように見えるのは、俺の気のせいではあるまい。


 怒りが原動力になるヤツもいるんだろうからな。


「なあ、モノは相談なんだが」


「何だ? キサマの嫁になぞならんぞ」


 何の話をしてるんだ、コイツは。


「ユリアーナ王女の自室ってどこにあるんだ?」


 俺の訊き方が不味かったのか、オクタヴィアは鞘から剣を抜き出し本気で構えていた。


 いや、短気はよくないよな、やっぱり……

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