第210話 罪と罰

 王都の芸術劇場は中央広場の東側、貴族地区から見てやや南、一般住宅地区との間にあった。


 俺が芸術劇場に辿り着くと、劇場は封鎖されており進入禁止。


 そして、その劇場前にはクーデター軍の兵士の死体や、王都守備隊の亡骸がそこかしこに転がっていた。


 これが芸術なんだとしたら、俺は芸術なんて要らない。


 血生臭く、凄惨な現場。


 俺の選択は間違っていたのだろうか。


 ソフィアの願いは『ゼルデリア王国の復活』だった。


 鈴森の願いは『誰にも死んで欲しくない』というものだった。


 だから俺は魔獣のみを全滅させ、エルス共和国軍やオルフォード帝国軍には手出しをしなかった。


 ゴットフリー将軍へ一対一の勝負を挑んだのも、そうした経緯の延長線上にある。


 だが――


 その二つを優先した結果、今、俺の目の前にはたくさんの死体が生まれてしまった。


 やはり傲慢だったろうか。


 俺一人で、全てを解決させようとしたのが。


 その反省から今はケンプフェル要塞の面々と協力体制を敷いている。


 しかし、全ては遅すぎた。


 俺は遺体の一つに近づいて、その場で膝を折った。


 女性の遺体だった。


 彼女は仰向きで、手を組んで静かに眠っているように見える。


 ただ、その背中からは大量の血が流れていたようで、辺りを赤黒く染めていた。


「ナタリエ……」


 ギリギリと、俺の奥歯が悲鳴を上げていた。


 彼女がこうなったのは全て俺の所為だった。


 俺が気軽に「舞台女優に向いている」なんて言ったばかりに、ナタリエは王都に来てしまった。


 生前は健康的だった肌も、今は生気を失い青白く変色している。


 自分が許せなかった。


 俺はどこで間違えたんだ?


 ――否、俺はこれまでに一つでも正しい事をして来たのか?


 ずっと間違い続けていたのに、それに気付いていなかっただけではないのか?


 もし、俺の命をナタリエに譲り、それで彼女が生き返るのなら、喜んで差し出そう。


 それで俺の罪が帳消しに出来るのなら、進んで罰を受けよう。


 ナタリエが蘇るのなら、俺は、俺は――


 …………ちくしょう。


 俺は行き場のない怒りを納めるように、拳を思い切り地面に叩きつけた。


 彼女とは、商業都市レハールで二度だけ会った仲だった。


 だが、もしナタリエが生きていてくれたら、俺はきっと舞台の上で拍手喝采を浴びている彼女の姿を拝めていただろう。


 その時にはきっと、俺は周囲のヤツらに自慢していたんだ。


「あの女優は俺が目をかけてやったんだ」ってな。


 なのに、それなのに――


 途方も無く重い後悔という名の重石が、俺の双肩にのしかかって来るような感覚。


 クラスメイトが目の前で殺された時ですら、こんな気持ちにはならなかったのに――


「……失礼ですが、彼女のお知り合いの方でしょうか?」


 余りに心の内側へ沈み込んでいた為に、声を掛けられるまでその気配にすら気付かなかった。


 俺は顔を上げて声の主の姿を確認した。


 年齢は50過ぎといった所か。


 シルクハットをかぶり、身なりの整ったスーツ姿。


 白髪交じりの口髭が特徴的なオッサンだった。


「…………あんたは?」


「劇団の座長をしている者です。彼女――ナタリエはつい先日、ウチで雇った新米でした」


 ナタリエの雇い主、というワケか……


「知り合いっつーか、単なる顔見知り程度だがな。コイツとはレハールで二度ほど会っただけの仲だ」


「そうでしたか……」


 座長のオッサンはシルクハットを取り、ナタリエに黙祷を捧げていた。


「このような事になり、大変残念でした。彼女には役者として光るモノを感じていましたので……」


 俺の目に狂いはなかった――なんておこがましい事を言うつもりはない。


 その俺の所為でナタリエは死んでしまったのだから。


「――コイツ、どうしてこんな所で殺されてたんだ?」


「私も直接見たわけではありませんが、話を聞く所によると早朝から演劇のトレーニングをしていたようです。本当に演技が好きだったようですが、それが仇となりこのような……」


「そうか」


 自分が大好きだった演劇に殺された。


 それがナタリエの運命だとしたら、あまりにも残酷過ぎる。


「これも全て国王の所為です。王都を離れ、魔族討伐などしなければ、こんな事にはならなかった」


 座長はシルクハットを握る手が震える程に力を込めていた。


 封建社会において、戦争による被害の責任は敵対勢力ではなく、自国の領主へ向かう。


 それは領民が高い税金を払うその見返りとして、領主は領民の安全保障を提供するというトレードオフが成り立っているからだ――少なくとも、建前上は。


 今回、クーデターなんてものが起きたのは、国王がその責務を全うしなかったからであり、その恨みはボーデンシャッツ公に向けられるものよりも大きい。


 それが封建社会での一般的な感情であり、思考である。


 だが、俺はこの世界の人間じゃあない。


 もちろんボーデンシャッツ公を恨んでもいない。


 ただ、俺は俺が許せない。


 俺の所為で、ナタリエが死んだ。


 その事実だけが、呪いのように首をもたげて俺を責めさいなんでいた。


「……初対面のあんたにこんな事を言うのも何だがな、ナタリエの事、丁重に弔ってやってくれないか?」


「それは、もちろん……ですが――」


「金ならある」


 俺はポシェットから金貨数枚を取り出し、座長に手渡した。


「こんなに……? いくらなんでもこれは受け取れません」


「余ったのなら劇団の資金にしてくれて構わない。あんたの劇団、何て名前なんだ?」


「"千の翼タオゼントフリューゲル"です」


「わかった。平和になったら、必ず観に行く」


 ナタリエの分まで、何度でもな。


「……あなたのお名前も伺っても?」


「相羽だ。相羽直孝」


「アイバ様ですね。心より、お待ちしております」


 座長の丁寧なお辞儀を受けた俺は、ナタリエに別れを告げると王宮へ向かって歩き出した。


 今すぐにでも、全てを破壊し尽くしてしまいたい衝動を抑えながら――



 --------------------あとがき---------------------


(以下、リアタイで読まれていない方はスルーしていただいて構いません)


 まずは本作品を210話までお読みいただき、誠にありがとうございます。


 お蔭様で多くの方にお読みいただき、読者の皆様には本当に感謝しかありません。


 さて、この小説はカクヨムコン9の応募作品であり、当該期間中は毎日3日更新しておりましたが、本210話がカクヨムコン9開催期間中における最後の投稿となります(厳密には208話が開催期間中最後の投稿でしたが)。


 1話のあとがきでも述べましたとおり、今後は毎日1話更新(毎日AM7:30)へと変更いたします。


 更新頻度が減るのは早々に作品を完結させる事よりも、より長く連載を続けたいという筆者の思いゆえです。


 とはいえエタるつもりは毛頭なく、これを書いている時点で下書きではすでに470話くらいまで書き終わっており、この物語もそろそろ終わりが見えて来た頃合いです。


 果たしてゼルデリアは復活する事が出来るのか?


 クラスメイト達は元の世界に帰る事が出来るのか?


 そして、主人公を取り巻く恋愛模様の行方はどうなるのか(笑)?


 どうぞ『異世界シーフ』を最後までご笑覧いただければ幸いです。


 by ヴォルフガング

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