第208話 屋敷の現在(いま) 中編

 ソフィアの自室前に来ると、俺は扉をノックした。


 ややあって、扉を開けてレナが顔を出した。


 彼女は一瞬驚いたような表情をした後、すぐに親の仇でも見るような目つきで睨んで来た。


「……何しに来たんだよ」


「悪かったな。大変な時に力になれなくて」


「……ホントだよ……お前がいなかったせいで、ソフィア様やクリスは……」


「レナもだろ? 怖い思いをさせたな。すまん」


 レナ達はきっと、ゼルデリアが魔族に襲われた時も命からがら逃げだして来たに違いなかった。


 特に子供のレナにとってはトラウマになってもおかしくはない記憶のはず。


 だから俺は素直に頭を下げた。


「――アイバさん、ですか?」


 部屋の奥からソフィアの声が聞こえて来た。


 どうやら目は覚めているらしい。


「ソフィアに会いたいんだが、ここ、通してくれるか?」


 レナは渋々といった様子で扉を開けてくれた。


「……言っておくが、ついさっき目を覚まされたばかりなんだからな。長話とかするなよ?」


「わかった」


 レナはソフィアの食事を取りに行くとかで、厨房へ向かった。


 あれでも一応、気を遣ってくれているんだろう。


 部屋に入ると寝間着姿のソフィアがベッドからこちらを見ていた。


 少し顔色が悪そうだったが、命に別状はないようで安心する。


 俺はソフィアのベッドの横にあった椅子に腰かけた。


「具合はどうだ?」


「ええ、大丈夫です。すみません、ご心配をおかけしたようで……」


「こっちこそすまなかった。主の危機に不在にしちまって」


「いいえ――と言いたい所ですが、今回は本当にダメかと思いました」


 ソフィアは力なく笑っていた。


「ボーデンシャッツ公配下の兵が襲って来たんだろ? どうやって切り抜けたんだ?」


「クリスが奮戦してくれました。わたくしも魔法で援護はしましたが、最終的には近衛兵の方々に助けて頂きました」


 やはりか。


 こりゃあ一生涯、オクタヴィアには足を向けて寝られないな。


「これを機に、わたくしも攻撃魔法に磨きをかけた方がいいかもしれませんね。自分の身くらいは自分で守れるようにならないと、また大切な人達を失う所でしたから……」


 ソフィアの家族は魔族に殺された。


 クリスティーナやヒルダ、レナ達が今は家族同然としてこの屋敷に住まっているが、その彼女達を失う危険が真に迫っていたのだろう。


「ボーデンシャッツ公はどうしてソフィアを狙ったんだ?」


「わたくし個人というよりも略奪そのものが目的のようでしたから、貴族であればだれでも良かったのだと思います」


 ソフィアは王家の血筋ではあるが、ボーデンシャッツ公と直接的な血の繋がりはない。


 政治的に利用するのが目的かとも思ったが、どうやら違ったらしい。


「相手の兵士は何人くらいいたんだ?」


「そうですね……50人程度だったと思います」


 50人か……


 さすがにクリスティーナ一人では支えきれない数だったみたいだな。


「王室近衛兵が来たのはラッキーだったな」


 あくまで俺がオクタヴィアに依頼したという事実は伏せておく。


 別に恩を着せたいわけじゃあないからな。


「おそらくはユリアーナ王女の計らいだったのでしょう」


「どういう事だ?」


「彼女が身を挺して、これ以上わたくしを攻めないようにボーデンシャッツ公へ掛け合ってくれたのでしょう。ユリアーナ王女は、そういうお方なのです」


 なるほど。


 オクタヴィアがこっちへ兵を差し向けてくれたのはユリアーナ王女の計らいだったのか。


 だとしたら、俺のやった事は全部無駄足になるんだが、結果としてソフィアが無事ならそれでいいか。


「しかし、よくソフィアも前線へ出て戦ったよな。いくら魔法が使えるとはいえ」


「わたくしにはこれがありましたから」


 ソフィアは布団の中から、木製の人形を取り出していた。


 これは俺が彼女に渡したモノだった。


 一度だけ、所有者の身代わりになってくれるというアイテム。


「この人形を握りしめるだけで、力が湧いてくるようでした」


「そんな効果は無いハズなんだけどな」


「モノのたとえです。この命に代えてもクリスやヒルダ達を守りたい――この人形はそういう力をわたくしに与えてくれたのです」


 ソフィアを守りたい、俺がその一心で渡した人形が今度はソフィアが誰かを守りたいという願いに力を授けた――


 なんて考えるのはご都合主義が過ぎるだろうか。


「アイバさんの方はどうでしたか?」


「ん? そうだな。まあ色々あったといえばあった」


 俺は魔族軍や帝国軍の間で起きた出来事をかいつまんで話した。


「……わたくしが会合に、ですか?」


「あぁ。ゼルデリア王国を復活させる為にはやはり王家の人間に出張ってもらわないとな。国王もそれを望んでいたし、俺も同じ気持ちだ」


「そう、ですか……」


 丁度その時、レナが食事を持って部屋に入って来た。


「すまん、長話が過ぎたな。俺はクリスの様子を見て来る」


 俺は椅子から立ち上がった。


「アイバさんは、これからどうされるおつもりですか?」


「しばらくは王都にいるさ。国王軍が戻って来るまでの間、諜報活動をするのが俺の役割だからな」


「それなら安心ですね」


 その力ない笑みが、俺の心をえぐるように締め付けた。


 俺がいれば安心か。


 では、俺がいなくなったら?


 俺だっていつ死ぬかわからない身だ。


 ソフィアには俺がいようがいなかろうが常に心安らかに過ごして貰いたい。


 彼女の立場を考えれば、それが困難であるのはわかっている。


 特にこれからは一国の女王として歩いて貰わなければならないのだから。


 ならせめて、俺はその為にこの力を惜しまず使おう。


 俺がいなくなっても彼女が心安らかに過ごせるように。


 そう、心に誓ったのだった。

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