第199話 努力せざる者 ※side 神室大吾

 そんな事、許されていいはずがない。


 自分を差し置いて、コソ泥如きが一人で活躍するなど……!


 停戦交渉の軍議が終わった後、神室大吾は友である守屋浩二と大江友也を連れてケンプフェル要塞の東側城壁を訪れていた。


 空には星が瞬いているものの、今夜は月明かりに乏しい。


 加えてこの時間、見張りの兵士以外はここを訪れる者はほとんどいない。


「ほ、本当にやるんスか、神室さん……」


 守屋が情けない声を出すと、神室は苛立ったように答えた。


「当たり前だろ? お前らは悔しくねえのかよ」


 相羽直孝はシーフという卑しい職業がゆえに士官学校へ入学出来なかった。


 その上、国王の命令で魔族軍の討伐隊にも同行出来なかった。


 にもかかわらず、相羽は一人で魔獣を全滅させ、魔族を大陸から追い返し、あまつさえ大陸最強と謳われたゴットフリー将軍と引き分けたのだという。


 それもこれも相羽一人だけがチートアイテムを手に入れ、そのアイテムのおかげで手柄も、人々からの称賛もほしいままにしているのだ。


 そんな事、許されていいはずがない。


 神室大吾という男は努力家だった。


 小学生高学年の頃からバスケ一筋で、高校へもバスケ推薦で入学した。


 1年の時は惜しくもレギュラーの座を勝ち取る事は出来なかったが、2年となった今ではパワーフォワードとして立派にレギュラー入りを果たした。


 勉学こそ苦手ではあったが、体力や瞬発力には自信があった。


 それはこれまで培って来た努力の賜物なのである。


 だが、相羽直孝は違う。


 シーフという職業は他人の所有物を盗むという卑怯極まりない職業である。


 他人が努力で手に入れたものをあっさりと奪って行く。


 神室はそんな相羽が、シーフという職業が自分を否定しいるようで、存在自体が許せなかった。


「べ、別に悔しいとかないッスけど……」


「オレもまあどっちでもいいっつーか、むしろ相羽が一人でやってくれたんなら楽できていいわー、くらいの感じ?」


 守屋も大江も、同じバスケ部員だった。


 こんな適当なヤツらなので当然大した努力もせずに、レギュラーにもなれていない。


 それでも毎日厳しい練習には一緒に耐えているし、ことバスケに関していえば神室も彼らからのリスペクトを感じていたので、今でもこうしてつるんでいるのである。


「……ちっ、どいつもこいつも」


 神室は舌打ちしていたが、それでもこうして自分についてくる二人を邪険には出来なかった。


 神室には自分を慕ってくれる者、自分の味方でいてくれる者は、全力で守る気概がある。


 そういう意味で言えば自分こそが勇者に相応しいはずなのに、なぜ暗黒騎士などになったのだ。


 神室は目の前に立ちふさがる城壁を苦々しい表情で見上げていた。


「神室さん、やっぱりやめた方が……」


「そんなにイヤなら守屋一人で帰れよ」


「か、神室さんを置いては帰れないっスよぉ」


 守屋は1年の時、当時のバスケ部3年にいじめられていた。


 この弱腰な姿勢ゆえにストレスの捌け口としてターゲットにされたのだろう。


 それを見るに見かねた神室が3年の先輩達に堂々と苦言を呈し、やめさせたという経緯がある。


 それゆえ、守屋は自分を慕っているのだろうと神室は考えていた。


「だったら泣き言言ってないで、手筈どおりに――」


「――どこへ行こうとしているのかしら?」


 神室達は驚いて声のした方向を振り向いた。


「……なんだ、龍門か。驚かすんじゃねえよ」


 龍門静琉。


 有名な財閥の孫娘であるが、普段は無口で何を考えているかさっぱりわからない。


 だが、神室は知っている。


 静琉は自分以上の努力家だという事を。


 士官学校では皆が寝静まった後も一人で訓練に励んでいる姿を神室は目撃していた。


 模擬戦闘でも、神室は静琉に勝ち越した事はない。


 だから神室は、努力をするという才能に関してだけは静琉を認めていた。


「わたしの質問に答えて。あなた達はどこへ行こうとしているのかしら?」


「答える義理はねえな」


「どうしても答えないというのなら、力づくでも答えてもらおうかしら?」


 静琉は抜剣の構えを見せた。


 こんな所でやり合っていたら、すぐに見張りの兵士に気付かれてしまう。


「お前がそれを知ってどうするってんだよ?」


「もし、ここを出て他所へ行こうというのなら――いえ、


「……!!」


 神室は守屋と大江を睨み付けたが、彼らは首を横に振るだけだった。


「やっぱりそうだったのね」


「……勘違いすんじゃねえ。オレ達は別に帝国に寝返るわけじゃあない。敵情視察をする為にスパイ活動をするだけだ」


 ヴァイラントの士官学校で訓練しているだけでは、一生かかっても相羽に追いつく事は出来ない。


 神室はそれを肌で感じ取っていた。


 しかし、帝国ならば?


 彼の軍事大国であれば優れた軍事教練や技術、あるいは魔法といったものを学べるのではないだろうか?


 特に大陸最強のゴットフリー将軍の指導を受ける事が出来れば、相羽を越える事だって出来るかもしれない。


 何せ将軍は直接相羽と戦ったのだから、相羽の弱点なども見抜いているはずだ――


 神室はこう考えたのだった。


「同じ事でしょう? 誰にも告げずに勝手に要塞を抜け出すなんて、寝返りと疑われても仕方がないわ」


「敵を欺くにはまず味方からっつーだろ?」


「ここでわたしを置いて行くというのなら、皆にバラすわ」


「……それで脅しているつもりか? 大体、出て行きたいなら一人で勝手に行けばいいじゃねえか。どうしてオレらがお前を連れて行かなきゃならねーんだよ」


「バラバラに寝返っていたらかえって怪しまれるわ。それに、わたしはあなた達にとって利用価値があるはずよ」


「あぁん? どういう意味だよ?」



 静琉が自信たっぷりに言う姿に、神室は思わず笑みがこぼれた。


「……クックック、そういう事か。いいだろう、帝国へ土産としてお前を連れてってやるよ」


「懸命な判断だわ」


 神室は静琉があくまで上から目線なのが気に食わなかったが、それもこの女が必死でプライドを保とうとしていると考えれば、そこまで腹も立たなかった。


「グズグズしてたらまた誰かに見つかっちまうな。とっとと行くぞ。『闇隠靄ダークヘイズ』」


 神室達を暗黒のもやが多い、姿をくらませた。


 昼間に使えば黒い塊に見えてしまうので正体を隠すくらいの効果しかないが、夜につかえば闇夜に紛れて姿を消せる魔法である。


 そうして、姿を消した四人は城壁の上まで上がり、見張りの兵士に気付かれる事なく城壁を飛び降りて魔族領へと足を踏み入れた。


 その一部始終を覗いていた人物に気付く事なく――

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