第6章:王都贖罪編

第200話 疑いの先にあるもの

 帝国軍の野営地から休みながらも夜通し飛翔した俺達は、どうにか夜明けと共にケンプフェル要塞へ着く事が出来た。


 出来れば要塞で休憩でもしたかったが、そんな悠長な事を言っていられる自体でもない。


 2ヶ月後に控えた各国の首脳が集う会合、それまでにクーデターの鎮圧とガロ・サパリ連合軍を撃退しなければならないのだ。


 それが直近の課題ではあるんだが、どうにも順調に事が運びすぎているような気がする。


 帝国は俺達との停戦交渉なんて突っぱねて力任せにヴァイラントを攻めれば、今度こそ落とせたのかもしれないのに、なぜそうしなかった?


 ヴァイラントさえ攻め落とせば、魔族軍の遺領など簡単に手に入れられるというのに。


 犠牲を惜しんだとでもいうのだろうか?


 5万もの大軍で攻め寄せたのも敵の戦意を挫き、降伏を勧告する為?


 答えの出ない問を繰り返しながら、要塞に到着した俺達は作戦会議室へ直行する。


 部屋に入るとディートリヒ中将以下、主要人物が既に集まっていた。


「陛下、この度は誠に――」


「挨拶はいい。それより帝国の先遣隊はどうなっている?」


 ディートリヒ中将が労いの言葉をかけようとするも、国王にすげなく断られた。


「はい、我が隊の風魔法士が確認した所、帝国領に戻るべく北へ引き返した模様です」


 キルスティ大尉が答えていた。


 今回は彼女も作戦会議に加わるらしい。


 ロザリンデ少佐は丸1日留守にしてたからな、要塞の状況はキルスティ大尉の方が把握しているのだから当然といえば当然か。


 その代わりというわけでもないのだが、今日はアーデルハイトが軍議の場にいなかった。


 元々、少尉でしかない彼女が同席していた方が異例だったのだろう。


「そうか」


 国王は厳かに頷いていた。


 どうやらサディアス宰相は約束を違えなかったようだな。


 その後、ロザリンデ少佐が帝国との交渉の結果を皆に共有していた。


 ……そういえば、今日は神室はいないんだな。


 鈴森はいるというのに。


 別に神室がいた所で軍議の役に立つとは思えなかったが、後で「オレは聞いてねえ」とか言って作戦を無視して勝手な事をされると、後々面倒臭いんだがな。


「――なるほど。魔族軍の遺領を巡っての各国首脳による会合ですか。停戦交渉から随分と話が飛躍しましたね」


 ロザリンデ少佐から報告を受けたディートリヒ中将が渇いた笑いをしていた。


「ええ……あたし達もまさか帝国がそんな提案をして来るとは予想だにしませんでした。何か裏があるとみた方が良さそうですが、目下は王都の奪還が最優先でしょう」


 ロザリンデ少佐の言葉に、その場にいた全員が頷いていた。


「それについてですが、王都にいる陸軍の情報部から密かにコンタクトがありました」


 キルスティ大尉が報告すると、全員が彼女の声に耳を傾けた。


「まず、ユリアーナ王女はご無事です。自室で軟禁状態にされているようですが、命に別状はありません」


 それを聞いた国王は微かに安堵の息を漏らしていた。


「次に、王都の国家憲兵及び守備隊はボーデンシャッツ公の傘下に強制的に組み入れられ、クーデターの兵力は8千にまで膨れ上がっているそうです」


「同胞と戦う事になろうとはいささか気が引けるが……それにしても、今回クーデターを手引きしたのは一体誰なんだ?」


「それが……」


 ディートリヒ中将が問うと、キルスティ大尉は言いづらそうに下を向いていた。


「構わないから、ありのままを報告なさい」


 ロザリンデ少佐に叱咤されると、キルスティ大尉は顔を上げてこう答えた。


「はい……今回、クーデターに加担したのは国防長官のマテウス大将と、参謀本部のミハエル総参謀長との事でした」


『なっ……っ?!』


 俺と鈴森、キルスティ大尉を除いた全員が驚愕の声を上げていた。


 役職名から推測するにマテウス大将ってのはディートリヒ中将の上司に当たるんだろうし、ミハエル総参謀長は中将と同格の立場なんだろう。


 そんな軍のお偉いさんが二人揃って裏切ったとなれば、驚くのも無理はないか。


「ば、バカな?! 軍のトップが揃って裏切っただと……?!」


 悔しそうに軍議のテーブルを拳で叩いていたのは国王だった。


「は、はい。ですが、情報部のノルベルト本部長はクーデターにくみするつもりはなく、我々に情報を提供してくれました」


「そうでしょうか? ノルベルト本部長の情報も我々を欺く為の餌かもしれませんぞ?」


「そういう貴公こそ、実はクーデター派なのではないか?」


「何を言う?! 我が伯爵家は先祖代々王家に忠誠を誓って来た家柄ですぞ!? 怪しいというのなら、ボーデンシャッツ領に近い貴君こそが裏で手引きしていたのではないかね!?」


 あとは疑心暗鬼のオンパレードだった。


 旅団長や参謀が互いに罵り合い、非難の応酬が飛び交っていた。


「……静まれぃ!!」


 収集のつかなくなった議論に歯止めをかけたのは、他ならぬ国王だった。


 その場にいた全員が国王の次の言葉を、固唾を飲んで見守っていた。


「余が王位に就いてからというもの、これまでに幾度も困難はあったが、それを乗り切れたのはそなたら家臣があってからこそである」


「陛下……」


 ロザリンデ少佐が心を痛めたように呟いていた。


しかるにそなたらは今、互いを疑い、罵り合い、此度こたびの困難を乗り切る所かヴァイラント王国を滅ぼさんとすらしているように思える」


「そ、そのような事は決して……」


 参謀の一人が弁明しようとするも、国王は首を横に振ってそれを遮った。


「よいのだ。それもこれも全て余の不徳の致すところ。そなたらが余を裏切ろうと申すのであれば止めはせぬ。さあ、クーデターに加担せし者よ、今この場で余を殺すがよい。この首を持っていけば、ボーデンシャッツ公より賜る褒賞は思いのままだろう」


 国王は両手を広げ、無防備にも身をさらけ出していた。


 しかし、高貴なるその首を狩ろうとする者は、誰一人としていなかった。


「……信じてよいのだな?」


 国王の言葉に、その場にいた全員が首を縦に振っていた。


 つーかこんな事されたら、たとえクーデター加担者いたとしても国王派に寝返ざるを得ないだろ。


 さすがは国王、やるじゃないかヴァルデマールⅢ世。


「では軍議の続きを始めよう。王都奪還について、そしてガロ・サパリ連合国軍を打ち破る作戦について」


 国王指揮の元、家臣は一同は改めて一丸となり、必死に作戦を練っていた。


 今回は俺の出番は無さそうだったので、大人しく軍議を聞く事だけに集中した。


 しかしこの時すでに、俺は間違いを犯していた事に気付いてはいかなかったのである。

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