第201話 行方不明者

「折角お会い出来たのに、またすぐにお別れだなんて……」


 軍議で室王都奪還作戦の内容が固まった後、ケンプフェル要塞の王都側出口から飛び立とうとする俺に、キルスティ大尉がそう言った。


「どうせまた王都で会うんだろ?」


「それはそうなんですけれど……会えなくなると思うと寂しくなるのが人情というものでしょう?」


 そういうもんか?


 俺にはよくわからん。


「悪かったな、薄情な人間で」


「……はぁ。もういいですよ、そういう所がアイバさんらしいと言えばらしいですから」


 呆れられていた。


「アイバ殿」


 キルスティ大尉の背後からアーデルハイトが現れた。


「私はこのまま要塞に残ります。いつまた帝国や魔族が襲って来ないとも限りませんから」


「そうか。まあ、機会があればまた会う事もあるだろ」


 アーデルハイトが国王の隠し子だと聞いて以来、どうにもやりづらい。


 国王の娘という事は、ユリアーナ王女やフィリーネ王女の異母姉という事になる。


 "奇跡の乙女"というネームバリューと相まって、アーデルハイトがこの国の女王となる日が来るかもしれない。


「アイバ殿も。それから、これをお渡ししておきます」


 アーデルハイトは手紙を俺に渡して来た。


「これは?」


「オクタヴィアへの紹介状です。先日は大変失礼をしましたので」


「……まあ、使う機会がない事を祈るさ」


 オクタヴィアは俺を単なる賊くらいにしか思っていなさそうだったしな。


 アーデルハイトからの紹介状があった所で、素直に俺を受け入れるとも思えなかった。


「――相羽くぅ~ん!!」


 遠くから鹿野達がこちらへ向かって走って来る様子が伺えた。


 やれやれ、また面倒なのが来たな……


「ぜえ、ぜえ……せ、折角再会できたと思ったら、もう行くのかい?」


「あぁ。今回の作戦には俺も絡んでいるからな」


 王都へ潜入して事前に情報を集めて来る事、それが俺に課せられた仕事だった。


 俺一人でもボーデンシャッツ公をひっ捕らるのは簡単なんだが、参謀達から「相羽一人で全て解決してしまったら軍の面子が立たない」と叱責されてしまった。


 軍の面子よりも王都市民の方が大事だと俺は思うんだが、ディートリヒ中将もロザリンデ少佐も参謀の意見に賛同していたので、俺は大人しく従う事にしたのだった。


 まあ、国王の親征軍がクーデター首謀者を捕らえて処刑――という流れの方が民衆的にもウケがいいんだろうしな。


「それより鹿野。神室達の姿が見えないんだが、アイツらはどこ行ったんだ?」


「そ、それが僕にもサッパリ……気付いたら今朝には姿を消してしまっていたんだよ」


 神室、守屋、大江の神室一派はともかく、龍門まで行方をくらましたらしい。


「鈴森達は何か知らないのか?」


 しかし、彼女達は首を振るだけである。


「一つだけ心当たりがある」


 そう言ったのは阿蘇だった。


「心当たり?」


「神室はお前さんが圧倒的な力を付けていた事に嫉妬していた。それが悔しくてここを抜け出し、力を付ける為に潜伏したんじゃないかと思う」


「潜伏って、どこにだよ?」


「そこまではわからんが、龍門まで消えたとなるとその可能性が高い。あのお嬢様もプライドが高そうだったからなぁ。士官学校ではダントツのナンバーワンだったんだろ? にもかからず、お前さんの足元にも及ばないと来たら――」


 阿蘇の言葉に鈴森達は下を向いて沈黙していた。


 彼女達も、少なからず悔しい思いをしていたのだろう。


 もちろん、戦争なんかしたいわけではない。


 だが、士官学校で血反吐を吐くような思いをして訓練を重ねたのに、俺はその遥か上を行っていた。


 その俺は作戦の要――とは言わないが、重要な役割を与えられているにも関わらず、鈴森達はケンプフェル要塞でお留守番と来たもんだ。


 理由はもちろん、帝国や魔族の再襲来に備えて『鏡』をこの場にとどめておきたいからなのだが、内心では複雑は感情が渦巻いている事だろう。


「それでしたら、わたしが皆さんに魔法の指導をしましょうか?」


 キルスティ大尉がそう言っていた。


「え……い、いいんですか?」


 鈴森が戸惑い気味に質問していた。


「もちろん皆さんさえ良ければ、ですが」


「それはとても有難いですけど……でも、大尉もお忙しいのでは?」


「一日中付きっきりというわけにはいきませんが、空いた時間でちょっとしたコツなんかは伝授出来ると思いますよ?」


「ぜ、是非お願いします!」


 二ノ森が地面に頭が尽きそうな勢いで腰を折っていた。


 コイツは水魔法士なのだが、実力的にはこの中では一番下だろう。


 そういう意味ではキルスティ大尉という天才魔法士から魔法を教わる事が出来れば、最も実力を伸ばせるポテンシャルを秘めているといえる。


「それならば、近接戦闘は私の方で指南しましょう。魔法士の方が多いようですが、魔法士でも役立つ護身術をお伝えします」


「おおお!! あの"奇跡の乙女"から直々に教えを頂けるとは、これは僥倖だねっ!!」


 鹿野のバイブスが爆上げされていた。


 浮かれるのは結構だが、アーデルハイトの部隊は訓練が厳しくて有名らしいからな。


 その厳しさのおかげで"奇跡の乙女"なんて呼ばれているのに、鹿野達がそれに耐えられるかどうかは――まあ、俺が心配する事じゃあないか。


「野呂達はどうするんだ? 王都へ戻るのか?」


「いえ、拙者達もしばらくは要塞にいようと思うでござるよ。こちらでも出来る事があるでござろうからな」


 野呂の言葉に小野と阿蘇も頷いていた。


「……相羽君」


 そろそろ俺が出立しようと思っていたら、二ノ森に声を掛けられた。


「どうした?」


「あ、あの……その……」


 両手をモジモジとさせながら、要領の得ない言葉を繰り返す二ノ森。


「ほら、千紗? お別れの挨拶くらいちゃんと言いなさい」


 伊吹に背中を押されて、二ノ森は意を決したようにこう言った。


「そ、その……気を付けてね?」


「あぁ。二ノ森達もな」


 俺がそう言うと、不意に妙な視線に気付いた。


「――それじゃ、俺は王都へ行って来る。音羽達の安否は定期連絡で伝えるからそれまで待ってろ」


「うん、行ってらっしゃい」


 鈴森達に笑顔で見送られた俺は、空高く飛び立って行った――


 ――フリをして、要塞から少し離れた林の中に下り立った。


 さっきのあの視線、俺の勘違いで無ければおそらくヤツが来るはずだ。


「――やあ」


 やはり、俺の後に続いて林に下り立つヤツが一人いた。


「……国見か。何だよ、こんな真似させて内緒話でもしたかったのか?」


 国見司。


 クールで得体の知れないヤツだが、悪いヤツではない。


 ――はずである。


 風魔法士だから勇者パーティーでは唯一空を飛べる人材である。


「そうだね、ある意味内緒の話かな」


「もったいぶってないでさっさと用件を言え。俺は忙しいんだ」


「はは、そう急かさなくてもすぐ終わるさ。ボクは神室君達の行方を知ってるんだ」


「はぁ? 知ってるならどうしてクラスの連中に黙ってるんだよ?」


「皆のモチベーションに関わると思ったんだ」


「俺のモチベーションは心配してくれないのかよ」


「相羽君は神室君達がどこで何していようが、モチベーションに左右されないでしょ?」


 そりゃあ、まあな。


「……で? 神室達は一体どこへ行ったんだよ?」


「魔族領だよ」


 国見はあっけらかんとそう答えた。


「魔族領……? そんな所へ行ってどうする? そもそもなぜお前がそれを知っている?」


「目撃したからだよ。昨夜、キミが帝国と停戦交渉する為に出払っている隙に、神室君達と龍門さんが要塞の東側へ出ていくのを。彼らは闇魔法で姿を隠していたから、誰にも発見されなかったんだ」


 ……なるほど。


 神室は暗黒騎士だから、闇夜に紛れて闇魔法で姿を消し、要塞から外へ出て行った、と。


「ヤツらの動向を知っていて止めなかったのは?」


「姿が見えないんだから、見つけた所でどうしようもないじゃない?」


「大声を上げるとか、風魔法で捕まえるとか、やれる事はあったと思うがな」


「はは、なるほど。そういう手もあったのか」


 とぼけているのか、本当に思いつかなったのかは定かではないが、とにかく国見の言葉を信じるなら、昨夜に神室一派と龍門は要塞を抜け出して魔族領へ行ったらしい。


「ヤツらが出て行く理由について、心当たりは?」


「さてね。案外、阿蘇君の言っていたとおりなんじゃない? ボクだって少しはキミに嫉妬してるくらいなんだ。あの気が強い神室君や龍門さんなら尚更だろうね」


 俺が原因で仲間がバラバラになったとでも?


 だとしたらアイツらを連れ戻すのが俺の責務になっちまうじゃねえか。


 ……あぁもう、面倒臭ぇ。


 守屋や大江はともかく、神室や龍門なんて俺の言う事を素直に聞く玉とは思えないんだが。


「言っておくけど、連れ戻そうなんて考えない方がいいよ」


「……お前はエスパーか」


「まさか。でも、キミが考えそうな事ではある」


 コイツ、本当に得体が知れないな……


「断言してもいい。キミが彼らを連れ戻そうとすれば、意固地になって余計に戻って来なくなるよ」


 俺が原因で俺から距離を取るなら、その俺が近づけば近づくほど、あいつらは遠くへ行ってしまう。


 磁石で同じ極を近づけると反発し合うように――


「もう、わけがわからんな。俺だけに情報を与えておいたクセに神室達を連れ戻すなという。お前は結局、何がしたいんだ?」


「さあ、それはボクにもわからないよ。ただ、何となくキミは知っておいた方がいいと思っただけさ」


 国見は理屈っぽい人間かと思いきや、こうして気分で動くのを目の当たりにすると、本当につかめないヤツだと実感する。


「……わかった。気には留めて置く」


「うん。それじゃあボクは戻るよ。トイレだと言って抜けて来たから早くしないと怪しまれるから」


 国見はそういうと要塞への方へ向かって飛んで行った。


 神室達の行き先について俺は心当たりがないでもなかったが、連れ戻すなと言われた手前、どうすることも出来ない。


 今は王都奪還が先決だ。


 ――と、その前に難民村へ寄って行くか。


 ボーデンシャッツ公の手が伸びてないとも限らないし、マリーの様子も気になるしな。


 そう決めた俺は進路を難民村に定めて飛翔するのだった。

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