第202話 歩く核兵器

 ケンプフェル要塞を飛び立った俺は、昼頃に難民村上空に辿り着いていた。


 空から観察する限りでは、この村にボーデンシャッツ公の手は伸びていないようだった。


 念の為、俺は『隠密』を使って気配を殺すと、人気のない村の外れに下り立つ。


 村内は相変わらず静かで、戦争やクーデターなど夢物語かのように思えて来る。


 さて、マリーはどこにいるんだろうか。


 彼女をここへ連れて来たのが今から4日前、そろそろ診療所から退所している頃だとは思うんだが。


 他に当ても無かったので、診療所に向かう事にした。


 村内を歩きながら危険が無い事を確認した俺は『隠密』を解除する事にした。


 俺が『隠密』を解いた瞬間、何者かが物凄いスピードでこちらへ向かって来る気配がした。


 まさか、ボーデンシャッツ公の手の者か?


 向こうも気配を殺しているようだが、俺にはバレバレだった。


 ――来る。


 俺の背後から迫る襲撃者に対して、俺はソイツの一撃をかわすと足払いをして体勢を崩させる。


 そのまま馬乗りになり、襲撃者を組み伏せた。


「ふぎゃっ?!」


 妙な声を上げる襲撃者。


 俺はソイツの面を拝んでやろうと、顔を覗き込んだ。


「――って、八乙女妹じゃないか。何やってんだ、お前? こんな所で」


「い、いいい痛い痛いー。離してー」


 苦痛に顔を歪めている割には、声は平常運転の八乙女妹だった。


「ちょ、ちょっと二人して何してんの?!」


 ジタバタと藻掻く八乙女妹を組み伏せていると、別の声が飛んで来た。


「笠置か。ちょうどいい、訊きたい事がある」


「訊きたい事があるのはこっちの方よ! ど、どうして八乙女さんと公衆の面前でそんな事を――」


 何を言ってるんだ、こいつは?


 そこでふと客観的に自分を俯瞰してみると、俺が八乙女妹を襲っているように見えなくもない事に気が付いた。


「あのな、言っておくが俺の方がコイツに襲われたんだ。これは正当防衛だ」


「う、ウソよ! どうして八乙女さんがあなたを襲うのよ?!」


「そんなの俺が知るか。本人に訊け」


 俺は八乙女妹から身体を離すと、八乙女妹は素早い動きで立ち上がり、身体についた埃を払っていた。


「いやー、やっぱり相羽君はすごいねー。私、完全に気配を消したつもりだったんだけどー」


「普通の人間ならそれでも誤魔化せるが、俺にはバレバレだったぞ」


「ううー、まだまだ忍者修行が足りないかー」


 忍者修行……?


 そういやコイツの職業は忍者だったな。


 確か、最後に会った時には「忍者修行に励む」とか何とか言っていたような気もする。


「というわけだ、笠置。俺を疑った罪は重いぞ? 土下座に靴めで許してやる」


「だ、誰がそんな事するか!」


「隙有りー」


 再び八乙女妹が俺に襲い掛かって来たが、これもあっさりかわして羽交い絞めにすると、彼女の喉元にダガーをつきつけてやる。


「ひー、死ぬー、死んじゃうー」


「お前な、人を襲うんなら自分も襲われる覚悟をしてから襲って来いよ」


「やめてー、犯されるー」


「ちょっと相羽君! いい加減に離れなさい!!」


 笠置が魔法を放つポーズをとっていた。


 コイツは火魔法士だったか。


 どんな魔法を放つつもりかは知らんが、今その魔法を放てば確実に八乙女妹に当たる。


 つーか俺が八乙女妹を盾にする。


「――何を騒いでるんだ、お前達」


 そこへ那岐先生が現れた。


「……相羽か? お前というヤツはまた厄介事を持ち込んでくれたみたいだな」


 先生は俺達の様子を見て、ため息交じりにのたまった。


「だから誤解だっつの。俺は完全なる被害者だ」


「まあ、何が起きたかは大体想像がつくが、とりあえず八乙女を離してやれ」


 俺は言われたとおり、彼女を離してやる。


「も、もうお嫁にいけないー」


 わけのわからん事を言って、自らの身体を抱きしめる八乙女妹。


 俺はそんな彼女を無視して、先生に話し掛けた。


「先生も元気そうだな。ここはクーデターの影響はないのか?」


「こんな貧しい村を襲った所で連中の得にはならないんだろう」


 先生は自嘲気味にそう言った。


「そうでもない。奴らは王都でも略奪を働いていたという。わずかでも人や食料があるなら、襲撃の対象にはなり得るさ」


「そういうものか? とにかくワタシ達は全員無事だ」


 その言葉が訊ければ、一先ずは安心だな。


 この村には元軍人の中佐がいるし、五龍もいる。


 笠置達も少しは魔法やスキルが使えるようになったんだろうし、俺が渡した魔晶石もある。


 万が一襲われても、被害は最小限にとどめられそうではあった。


「それで、相羽は何しにここへ?」


「マリーの様子が気になって立ち寄った。ついでに魔族軍との戦況も共有しておいた方がいいと思ってな」


「その様子だと鈴森達も無事のようだな」


「まあ、生きてはいるがな」


 俺はここ数日の出来事をかいつまんで三人に話した。


「あ、相羽君一人で魔獣を全滅……?!」


 笠置が驚きなのか恐怖なのか、俺から数歩距離を取っていた。


 これから先、笠置のような反応がヤツが増えて来るんだろうか。


 俺はもう普通の人間と同じカテゴリーにはいられない。


 世界のバランスブレイカー、もしくは"歩く核兵器"って所か。


「東側の脅威が去ったのはわかった。お前がいるなら王都奪還も容易なんだろう。ただ、神室達の失踪は気になるな……」


 先生は腕組をしながらそう言っていた。


「生きてはいると思う。アイツらも並の人間よりは遥かに強いからな、その点では心配は要らないだろう」


「それはそうなんだが……いや、いつかはこういう日が来るとは思っていた」


「――というと?」


「ワタシ達はあの日、王都のホテルで各々の進路を決めた時に、既に道は違えていたんだ」


 ……そうだったな。


 だからあの時、先生は言ったんだ。


「絶望しても希望を捨てるな」と。


 たとえ俺達が離れ離れになろうとも、希望という言葉で繋がり続けられるようにと。


「ねーねー、相羽君。これからは師匠って呼んでもいい?」


 突如として素っ頓狂な事を言い出す八乙女妹。


「残念だが、俺は弟子は取らない主義なんだ」


「じゃあ、相棒?」


「チームも組まない主義なんだ」


「なら、お友達?」


「友達も持たない主義なんだ」


「つまり、夫婦?」


「飛躍し過ぎだろ。なんで弟子志望のヤツがいきなり夫婦になってんだ」


「だってー」


 身体をクネクネとよじらせてもどかしそうにする八乙女妹。


「ああもう、ちっとも話が進まないわ! 相羽君はマリーちゃんの居場所が知りたいのよねっ?!」


 なぜか笠置がキレていた。


 情緒不安定だな、コイツも。


「あぁ。診療所にいるのか?」


「いいえ、昨日退所して今はウチのテントで預かってるわ。会って行くんでしょ?」


 俺が頷くと、笠置はテントまでの案内役を買って出てくれた


 那岐先生と八乙女は別の用があるからと、そこで別れた。


「言っておくけど、マリーちゃんにも変な事したらあたしが魔法でアンタを燃やすからね」


 笠置が俺を先導しながら、後ろを振り返ってそう言った。


ってなんだ、って。俺は誰にも変な事なんてしてないだろ」


「自覚がないのが一番性質たちが悪いわ。とにかく少しは自重する事。いいわね?」


「はいはい」


 なんで俺が笠置の目の敵にされているのか、さっぱり理解出来なかった。

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