第7話 独立魔法大隊

 鈴森に引っ張られて那岐先生の元へ集合すると、鹿野も小走りで俺達に追いて来た。


 生き残っていたクラスメイトは全部で26名。


 先生含め総勢31人が転生して来たはずが、わずか1時間程度で5人も殺された。


 これから先、一体何人が生き残れるのやら……


「――全員揃ったな」


 そう言う那岐先生の瞳には強い意志がこもっているように感じられた。


 先ほどの意気消沈した様子からは一転して、気を持ち直したようだな。


「亡くなった生徒がいるのはワタシも悲しい。が、生き残ったワタシ達はこれからどう生き延びるかを考えなければならない」


 至極真っ当な意見ではあったが、ここにいる誰もが先行きの見えない状況に不安を覚えているようだった。


 それは俺とて例外ではない。


「しかし、ワタシ達はこの世界については何も知らない。ついてはこちらの世界の方々のご厚意に甘えようと思う。まずはお話しを伺いたいと思うので皆、心して聴くように」


 先生の言葉に次いで、軍服姿の偉そうな髭面なオッサンが俺達の前に出て来た。


 オッサンの隣にはやたらと色っぽいネーチャン――こっちは軍服というより法衣に近いものをまとっている――がはべっている。


 アーデルハイトとゴリッツ軍曹の姿も、その近くに見えた。


「――コホン。私は本作戦指揮官のゼクト・フォン・ヴァルタースハウゼン大佐である。まずは貴君らの同胞が身罷みまかられた事、心からお悔やみ申し上げる」


 ゼクトと名乗った髭面は軍帽を取ると、俺達に向かって深々と頭を下げた。


 ……これは、何とも遣り切れない気持ちになるな。


 オッサンに頭を下げられた所で死者は帰らない。


 けれども、見ず知らずの異世界の人間にこうまで礼を尽くされると何も言えなくなってしまう。


 ゼクト大佐は頭を上げると再び軍帽を被り、こう言った。


「これから我が軍は祖国ヴァイラント王国へ帰国するのであるが、貴君らにも同行頂きたいと思う」


 それを聞いたクラスの連中がザワザワと騒ぎ出すが、那岐先生の「静かにしろ」という一喝で全員が押し黙る。


「今、我々がいるのは王国と敵地の国境付近である。敵の先陣は撃退せしめたとはいえ、いつ次の攻撃が来ないとも限らない。よって、可及的速やかに撤収を図る所存である」


 ここは敵地だったのか。


 俺はてっきり王国が魔王軍に侵略されていたのだと思っていたが、今回の戦闘は王国から魔王領へ先手を打って出たものだったのか。


 だからこそアーデルハイトも多少は責任を感じていたのかもしれないな。


「帰国後、諸君らは我々の手で王都へ護送する。その後の沙汰は、国王陛下直々に下る事と思う」


 アーデルハイトも言っていたが、国王直々にという事はやはり異世界の人間は特別なんだろうな。


「――大佐殿。ご質問、よろしいでござろうか?」


 手を挙げたのはこの世界へ来た時に「これは異世界転移だ」と喝破かっぱしたござる調男子、野呂だった。


「何かな?」


「ここから王都まではどれくらいの日数がかかるのござろうか?」


「ふむ。それについては彼女から説明して貰おう」


 ゼクト大佐がそう言うと、彼の隣に侍っていた色っぽいネーチャンが一歩前に出た。


 那岐先生よりはやや年上だろうか。


 胸元まであるウェーブのかかったグレーの髪色、燃えるような赤い瞳、口元にはホクロをこさえており、全身からこれでもかってくらいフェロモンが滲み出ている。


 何より注目するべきは服の上からでもわかる溢れ出んばかりの胸の大きさであろうか。


 あまり軍人っぽくはない人ではあるが、ゼクト大佐と並んでいる所を見るとそれなりの地位にいる見ていいだう。


「初めまして。あたしはヴァイラント王国陸軍・独立魔法大隊所属、ロザリンデ・フォン・シャルンホルスト少佐です。以後、お見知りおきを」


 ロザリンデ少佐は法衣の裾を軽くつまんで、ウインクしながらあでやかに挨拶をしていた。


 何人かの男子から、生唾を飲む音が聞こえてくる。


 お前ら、チョロ過ぎだろ……


 つーかこの人、今『魔法』って言ったよな?


 魔法が存在するのか、この世界には。


「さっきの坊やの質問ね、結論から言えば5~6時間って所かしら」


 坊やと来たもんだ。


 まあ、戦場を駆け巡っている軍人からしたら、現代っ子の俺らなんて鼻水垂らした坊やくらいにしか見えないのかもしれんけどな。


「それは徒歩時間でござるか?」


 このござる男子、見た目とは裏腹に中々肝が据わってるのかね?


 こんな状況でよくも調子を崩さず会話が出来るもんだ。


「いいえ。普通に行軍すれば10日はかかる距離よ。でも、キミ達は河川を船を使って王都まで護送するわ。その際、私の部下が船の帆に風魔法をかけるから、結構な速度が出せる。だからそれくらいの時間があれば王都まで着いてしまうってワケ」


 きっとこの世界にはまだ外燃機関も内燃機関も存在しないんだろう。


 つまり鉄道も無ければ、車も飛行機も無い。


 更に街道が舗装されていないとなると馬車も使いづらい。


 消去法で最も速い移動手段は船となるわけだが、手漕ぎでは持続性に難があるし、帆船では風が無い時や川下から川上に向かう場合はスピードが出づらい。


 それで魔法の出番という事か。


「あそこに建物が見えるでしょう?」


 ロザリンデ少佐が指差した方角に、俺達全員が目を向ける。


 確かに山と山の間――隘路と呼ぶべき場所に城壁があり、その城壁の更に奥には建物が見える。


「アレは王国を守る鉄壁の守護神・ケンプフェル要塞。ゼクト大佐が指揮、守備しているのよ」


 鉄壁とか守護神とか言われると何だか凄そうに感じるが、実際に魔王軍の攻撃を幾度も跳ね返しているんだろう。


 それだけゼクト大佐の指揮能力や兵隊の練度が高い事が予想された。


「あそこまでは歩いていってもらうけれど、要塞のすぐ近くには王都へ繋がる河川があるから、そしたらもうのんびりと船旅を楽しんでもらえると思うわ」


 わけもわからず異世界に飛ばされて、クラスメイトが5人も殺されて、これからどうなるのかもわからないのにのんびりと船旅を楽しめ、と?


 ……フン、わかってるさ。


 これは俺達の境遇を察しての、ロザリンデ少佐なりのせめてもの気遣いだって事くらいは。


 アーデルハイトも、ゼクト大佐も、ロザリンデ少佐も、基本的には良いヤツなんだろうさ。


 元の世界でクソッタレな家族と、めみたいな施設の中で育った俺にとっちゃ、他人の厚意なんて素直に受け取れるわけがない。


 それでもここまでして礼を尽くされ、恩を売られたとあっちゃあ、ちっとは返したくなるってもんだ。


 きっと俺の中にもまだ人情というものが残っているに違いない。


 えて穿うがった見方をするならば、アーデルハイトが言っていたとおり俺達が世界を救うモノホンの勇者だとしたら、雑な扱いをしてヘソを曲げられても困る、って所だろう。


「――というわけだ。納得してくれたかね?」


 ゼクト大佐が言うと、ござる男子は大きく頷いていた。


 すると、今度は那岐先生が俺達に向かってこう言った。


「聴いたとおり彼らの厚意に甘え、王都まで護送してもらう事になる。くれぐれも勝手な言動は慎むように。いいな?」


『はいっ』


 こうしてみると、俺達も那岐先生に飼いならされた軍人のようだよな。


 俺は内心で苦笑していた。


「ゼクト大佐、出発はいつ頃に?」


「この場を解散次第すぐに――とは思っているが、如何だろうか?」


 那岐先生の問いに、ゼクト大佐は簡潔に答えていた。


「結構です。では、よろしくお願いします」


 それで集会は解散、俺達は要塞に向かって歩き出す事になった。


 ――はずなのだが、なぜか俺の元へアーデルハイトがゴリッツ軍曹を伴ってやって来た。

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