第8話 奇跡の乙女

「アンタには世話になったな」


 俺は開口一番、アーデルハイトにそう言った。


「私は職務を全うしただけですよ。むしろ、アイバ殿達はこれからがより大変になるでしょうね……」


 世界を救わなきゃいけないとしたら、そうだろうよ。


「今後、皆さんの護衛はロザリンデ少佐の部隊が担ってくれますので、私達とはこれでお別れです」


「そうか」


「私達は要塞に配属された部隊ですが、いずれ再会する時も来ましょう。またアイバ殿にお会い出来るのを楽しみにしています」


「その前に殺されてなきゃいいけどな。お互いに」


「また、そのような冗談を……」


 アーデルハイトは困ったように笑っていた。


「小僧」


 不意にゴリッツ軍曹が会話に割り込んで来た。


「お前、魔獣を仕留めたらしいじゃないか」


 魔獣というのはあの兎もどきの事だろうか。


「だとしたらどうなんだよ?」


「軍人でもない、魔法も使えないヤツに魔獣を倒すなんて中々いないぜ? お前さえよければ、ウチの隊に入らないか?」


「騎兵隊の?」


 当のアーデルハイトは肩をすくめてこう言った。


「私は反対したのですよ? ですが、勧誘するだけしたいと言うので」


「やめてくれ。俺は軍人なんかには向いてねえよ。大体、アンタのシゴキは常軌を逸してそうだしな」


 素振り一万本とかのたまってたし。


「ハッハッハッ、まあシゴキが厳しいのは否定しないがな、だからこそ我が隊は今回戦闘でも一人の死傷者も出さずに生還出来たんだ。お前、少尉が王国で何と呼ばれてるか知ってるか?」


「いや」


「ぐ、軍曹、それは――」


 アーデルハイトが慌てて止めに入ろうとしたが、ゴリッツ軍曹は構わずこう言った。


「『奇跡の乙女』――王国ではそう呼ばれている」


 奇跡の乙女て……


 俺がアーデルハイトの方を見ると、少し顔を赤らめて視線を外された。


 そりゃまあ恥ずかしいよなぁ。


 俺が"奇跡の貴公子"とか呼ばれるような事があれば、憤死か悶絶死してそうだ。


「少尉は平民出身にも関わらず士官学校をトップの成績で卒業した才女でな。知識だけじゃなくて剣と乗馬の腕は超一級の逸材なんだ。しかもこの小隊は負け知らずで一度も死傷者を出した事がなく、加えてこの容姿だろう? それで付いたあだ名が――」


「『奇跡の乙女』ってわけか」


「――軍曹っ、その話はもういいでしょう」


 アーデルハイトが物騒にも腰に差しているサーベルに手をかけると、ゴリッツ軍曹は両手を上げて降参のポーズを取った。


 ……この二人、中々いいコンビじゃないか。


 アーデルハイトの年齢を考えれば、これまで実質的に部隊の指揮を執ってきたのは軍曹なんだろうし、アーデルハイト自身も軍曹に鍛えられているんだろうから、死傷者が出てない要因の大半は軍曹の才覚によるものだと思う。


 それでも軍曹に『奇跡の親父』なんて名乗られてもネームバリューは無いに等しいどころかマイナスになり兼ねないから、アーデルハイトを前面に出して軍隊の士気を上げている――といった所だろうか。


 もちろんアーデルハイト自身の努力と才覚を否定するつもりは全くない。


 彼女は部下に慕われているのだから、楽しみなのはむしろこれからって感じかね。


「とにかく、俺は軍属になる気はない。ただまあ、世話になった礼はいずれどっかで返すつもりではいる」


「それは気にせずにと何度も言っているでしょうに……」


「小僧、気が変わったらいつでも言って来いよ? 熱烈に歓迎してやるからな」


 俺の気が変わる事なんて金輪際ないと思うが……


「――あ、それから」


 アーデルハイトが思い出したように俺の顔を見る。


「王都でもし困った事があったら、王室近衛隊のオクタヴィアという人物を訪ねてみて下さい」


「王室近衛隊?」


「ええ。彼女は私の士官学校での同期で、互いに切磋琢磨した仲でして。アイバ殿は陛下に拝謁を賜ると存じますので、今後は彼女とも接点があるかと。私の名前を出せばきっと力になってくれるはずです」


「そのオクタヴィアってヤツも"何とかの乙女"ってあだ名がついてんのか?」


「いえ……近衛隊に入隊出来るだけでも名誉な事ですから」


 そういうもんかね。


「実は少尉にも近衛隊からお声がかかっていたんだが、断っちまったんだよなぁ」


「へえ、そりゃまたどうして? 名誉な事なんだろ?」


「それがなぁ」


 ゴリッツ軍曹がニヤリとしながら次の言葉を紡ごうとしたその時。


「――軍曹? それ以上言ったら本当に抜きますよ?」


 アーデルハイトが獲物を狩る鋭い目でサーベルに手をかけた。


「はいはい、すみませんねえ。おしゃべりが過ぎましたよっと。じゃあな、小僧。今度会ったら酒くらい付き合え」


「俺は未成年だっつの」


「未成年だぁ? オレ達の国じゃ、酒を飲むのに年齢制限なんて必要ねえんだよ」


「マジか」


 いやでも、日本においても飲酒の年齢制限が法律で定まったのは大正時代だったっけ。


 この世界の文明レベルを考えたら、不思議でもないのか。


「……それよりアンタ、苗字は何て言うんだ?」


「苗字? ゴリッツだが?」


 え?


 そうなの?


「じゃあ下の名前は?」


「ゲッツだ。ゲッツ・ゴリッツ。それがオレ様の栄えある姓名よ。その小さい脳みそにしっかり刻んでおけよ?」


 そんなゲッツ・ゴリッツって冗談みたいな名前、そうそう忘れられるかってんだ。


「俺は相羽直孝だ。小僧って呼ぶのはやめろ」


「ヘッ、お前みたいな生意気なガキぁ小僧で十分だよ」


「軍曹、それくらいで――ではアイバ殿。また、いずれお会いしましょう」


「じゃあな」


 俺は軽く手を挙げてアーデルハイト達と別れた。


 彼女達はこれからも魔王軍と戦い続けるんだ。


 いくら負け知らずの奇跡の乙女とはいえ、それが永遠に続くとも思えない。


 だとすれば、これが今生の別れになってもおかしくはないんだよな……


 そう考えるとあんな別れ方でよかったのかと、少し後悔の念に襲われる。


「おーい、相羽くーん? そろそろ出発するぞー?」


 遠くから鹿野が俺を呼んでいた。


 アイツ、さっきまで俺の事を恨んでいるような目をしていたのに、もうすっかり忘れていやがるのな。


 いい性格しているよ、ホント。


 俺はもう一度だけアーデルハイト達の去って行った方角を振り向いて、彼女達がいなくなっている事を確認してから鹿野達の元へと向かった。


 それにしても――


 王都へ着いたら王室近衛兵のオクタヴィアを頼れ、か。


 …………登場人物が多すぎて顔と名前が覚え切れないっつーの。


 果たして王都までオクタヴィアなる人物の事を覚えていられるのかね、俺は。

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