第6話 生き残った者達
「その、あの時は助けてくれて、どうもありがとうっ」
気まずい空気を打ち破るかのように、二ノ森はペコリとお辞儀をし出した。
「身体が勝手に動いてやっただけだ。それに、アーデルハイトがいなかったらどの道俺達も死んでいた。感謝ならあっちにしとけ」
「ううん、相羽君がいなかったらアーデルハイトさんが来る前に死んじゃってたと思うから……」
二ノ森は俺よりも大分背が低いから、彼女が俺を見上げる格好になるのだが、その瞳がウルウルと湿って揺らいでいるように見えるのは、俺の気のせいだろうか。
今の今まで二ノ森の姿をきちんとは確認してなかったが、彼女は意外と男子に人気の出そうな容姿をしていた。
短めの黒いセミロングに前髪の片方をピン止めでとめており、それがやや幼い印象を与えつつも、逆に庇護欲をそそるというか、そういうかわいらしさを備えているように思う。
「千紗ぁ~っ!!」
その時、二ノ森に向かって走り込んで来る一人の女子がいた。
彼女はそのまま二ノ森に抱き着くと、わんわんと泣きわめく。
「よかった、よかったよぉ、千紗ぁっ!」
「ひかり?! ひかりも無事だったんだね……うん、よかった、本当に……」
……コイツもクラスメイトなのか。
まあ、制服着てるんだからそうなんだろうけど、顔も名前も俺は知らない。
そういえば、二ノ森が転んだ時に誰かが叫び声が聞こえてきたが、それはコイツのものだったのか。
ひかりと呼ばれた生徒に続き、かのゴリッツ軍曹に連れて来られる形で、散り散りになっていたクラスメイト達が続々と合流して来た。
クラスの連中はそれぞれ思い思いに生存を喜びあっていたが、中には友の遺体を前にして泣き崩れている者もいる。
だが、遺体があるだけでもまだマシな方だろう。
俺が最初に死亡を確認した生徒は獣達に食われていたのだ。
残っているのは骨と肉片、それから
それを思えば――
「ちっきしょう!! なんで
俺から少し離れた所で神室が地面に何度も拳を叩きつけて喚いていた。
おそらく、あいつの取り巻きの一人がやられたんだろう。
その神室の元へアーデルハイトの部下がやって来て、剛という生徒の物と思われるブレザーについていたワッペンを渡していた。
ワッペンを恐る恐る受け取った神室は、それを握り絞めて再び地面へ拳を叩きつけてる。
……こういう時、仲間や友人のいない俺は失う悲しみがない分、幸福と言えるのだろうか。
それとも俺がいなくなった時、ああいう風に悲しんでくれる者がいない事が不幸だというべきなんだろうか。
「――相羽。お前も無事だったか」
俺の事を心配する唯一の人間、それは担任教師の那岐先生だった。
「先生か。まあ、そっちも生きててよかった」
「……生きててよかった、か。まったく、担任教師の私がついていながら何てザマだ。5名もの生徒を見殺しにしてしまったんだからな……」
普段は冷徹とも言える那岐桜子先生が、ここまで追い詰められた表情をするなんてな。
無理もないか。
ただでさえ生徒の保護、監督責任があるのに、目の前であんな殺され方をされたんだ。
死んだ生徒達の保護者に何て詫びればいいか、わからないもんな。
……いや。
そもそも、俺達は元の世界に戻れるのか?
それとも、このままここで――
俺は思考を振り払うようにして、それ以上考えるのをやめた。
「あんな状況を一人でどうにか出来るなら、今頃教師なんてやっていないだろ。気にするだけ損だ」
「お前、それで励ましてるつもりか? ……いや、そうだな。今は生きている事を喜ぶべきか」
那岐先生は残っている生徒達を見回して、物悲しそうに呟いた。
「先生、死んだ生徒の名前を聞いてもいいか?」
先生から告げられた5名の生徒は、全員俺の知らない名前だった。
という事は、鈴森や音羽、鹿野なんかは生き延びているって事か。
知り合いが生きている事を喜ぶべきか否か、微妙な所だ。
名前を知らないから死んでいい、なんて事にはならんしな。
「那岐先生~、向こうで代表者の人を呼んで欲しいって言ってるんですけど~」
「――わかった、すぐ行こう」
先生は女子生徒に呼ばれて、俺の前から去って行った。
「――相羽君」
先生と入れ替わりに、俺の傍らに一人の女子生徒がやって来た。
「――鈴森か。生きてたんだな」
「うん、相羽君も無事で良かった。塩見さん達は本当に残念だったけど……」
鈴森はクラス委員長だ。
きっとクラス全員の顔と名前を知っているのだから、受けたショックは俺よりも大きいはずだった。
「音羽ってヤツは無事なんだろ?」
「え、のり子? うん、ずっと一緒に逃げてたから……」
親友らしいからな。
これで音羽がヤラれてたら、コイツも再起不能なくらいに泣き崩れていたかもしれない。
「なら親友の所にいてやれよ。俺なんかより――」
「こんな所にいたのかい、鈴森君っ!」
俺がガラにもなく鈴森を励まそうとしていたら、バカでかい声を発しながら面倒臭いヤツがやってきた。
「……何、鹿野君? 私は今、相羽君と話してるんだけど?」
珍しく鈴森が柳眉を逆立てていた。
それにたじろいだのか、鹿野が後ずさる。
「い、いや、その……急に鈴森君の姿が見えなくなったので心配してだね」
「そう。じゃあ、姿を確認したからもういいよね?」
「そ、それは…………そうだ、相羽君も無事だったんだね?! いやはや、これは結構結構!」
俺はついでかよ。
別にいいけどよ。
「つか鹿野。お前、頭に草ついてんぞ?」
「へっ?」
俺が指摘すると、鹿野が手で頭をバサバサと払い出す。
ヤツの頭に付いていた草はハラリと地面に落ちた。
「はっはっはっ、僕とした事が、いやお恥ずかしい」
「鹿野君、獣達から逃れる為に死んだふりをしてたんですって。それで頭に草がついていたんだよね?」
「す、鈴森君っ?! それを相羽君の前でバラさないでくれたまえ!!」
いや、別に鹿野の生存方法を聞いた所でコイツへの評価が変わるわけでもないけどな。
「死んだふりって本当に有効だったんだな」
「どうかしら? たまたま運が良かっただけじゃない?」
「そう、僕は昔から悪運だけは強いんだっ」
鹿野は腰に手を当てて胸を張り、ドヤ顔で訴えて来た。
「……自慢するような事か、それ?」
「何を言うんだい。これはつまり、僕と一緒にいればどんな状況でも助かるという事だよ。という事はつまり、鈴森君は常に僕と一緒にいるべきであり――」
「――あ、那岐先生が呼んでる。行こう、相羽君」
鈴森は俺の腕を取ると、さっさと鹿野の前から立ち去るべく早足でその場を離れようとする。
「おいコラ、離せ。一人で歩ける」
「あああ相羽君っ?! 鈴森さんから手を離したまえっ!!」
俺は恨みがましい鹿野の視線を浴びながら、内心でため息を吐いた。
どうして何もしてないのに他人から恨みを買っちまうんだ、俺は……
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