第5話 金髪の美女 後編

 アーデルハイトの声に気圧けおされ、俺は反射的に身体を屈めていた。


 刹那、俺の頭上を何かが通り過ぎるのを感じる。


 ソレが何かを確認しようと顔を上げると、そこにはいたのは――


「…………鳥、か?」


 鳥と形容するにはあまりに巨大であり、俺の上半身くらいの大きさはあるのだが、翼を広げて空を飛ぶ獣なんて鳥以外の何物でもない。


 あの大きさからすると、多分鷲か何かなんだろう。


 こんなのと、まともにやりあっても勝ち目なんかはない。


 それでも――


 無駄だと分かっていても俺は身構えるポーズを取ってみせる。


 たとえ倒せなかったとしても、隙を作って逃げる事くらいは――


「――はっ!」


 ――と思ったのだが、ケリは一瞬でついてしまった。


 アーデルハイトが腰から抜き出したサーベルを一閃すると、俺達に向かって飛び掛かって来た鷲もどきは中心からキレイに真っ二つに割れていた。


 その体は無残にも地に落ち、そして消滅していった。


「アンタ――」


「油断しないで、また来ます!」


「っ?!」


 俺は咄嗟に身を屈めると、今度は何が起きたのかを確認する前に、先ほどと同じく真っ二つに割れた鷲の体が落ち来るのを、身を屈めたまま目の端がとらえていた。


 俺は鷲の消滅を確認すると、おもむろに立ち上がる。


「――もう、大丈夫でしょう」


 アーデルハイトの言葉に安堵する。


「……アンタ、滅茶苦茶強いんだな」


 空中を飛び回る鷲を、馬上という体勢にも関わらず剣の一振りで仕留めるとは、並の腕ではない。


「来るべき魔王軍との戦いに備え、常日頃から厳しい訓練を重ねて来ましたから」


 謙遜するでもなく「さも当然」と言った態度に、しかし俺は嫌味は感じず、素直に彼女のり方に感心していた。


「――大丈夫ですか?」


 アーデルハイトは後ろに乗せている千紗を案じていた。


「――はっ?! す、すみません……あまりの恐怖とアーデルハイトさんの凄さに圧倒されてしまっていて……い、いえその、わたしは大丈夫ですっ」


 相当テンパってるようだが、ケガはないらしい。


「それで、先ほど何か言いかけていたようですが」


「えっ? ……あ、そ、その……わたし達はこれから一体、どうなっちゃうんでしょうかと、お訊きしたくて……」


 まあ、もっともな疑問だな。


「そうですね……おそらく、あなた方はこれから王都へ向かって頂き、そこで陛下より直々にお言葉を賜る事になるでしょう」


「へ、へいか……? ――って、国王陛下っ?!」


 千紗は驚きのあまり馬から転げ落ちそうになるが、アーデルハイトが器用に抱き留めていた。


 アーデルハイトが男性だったら"白馬の王子様"って言葉がこれ以上ないくらいに似合っていたのだが、この二人を見ていると『白馬のお姉様と残念従者』って感じだ。


「す、すみません……王様に会うなんて初めての事で、つい……」


 頬を赤らめながら、千紗が弁明する。


「無理もありません。私も陛下へ拝謁はいえつたまわった事はほとんどありませんから」


 何が可笑おかしいのか、アーデルハイトは微笑をたたえてそう言った。


 それにしても国王、か。


 俺も王族に会うのなんて初めてだが、一体どんなヤツなんだろうな。


 俺達がこの世界を救いに来た勇者だってんなら、悪いようにはしないハズだと信じたいが……


 そこへ俺達に先行していた騎兵が二騎、こちらへ戻って来た。


「少尉、ご無事のようで何よりです」


 二騎は敬礼すると、報告より先に上司であるアーデルハイトを気遣っていた。


「ええ、伍長達も。首尾は如何でしたか?」


「はい。彼らと同じ異世界からの来訪者と思わしき人物達を保護しました。残念ながら傷が深くて手当ての間に合わなかった者もおりましたが……」


「そんな……」


 伍長と呼ばれた兵士がバツが悪そうに俯き加減に報告すると、千紗が青ざめた表情で嘆息していた。


 赤くなったり青くなったり、忙しいヤツだな。


 クラスメイトの死がショックなのは、俺も同じではあるが……


「そうですか……いえ、ご苦労様でした。これより我らは本隊と合流します。保護した方達をくれぐれも丁重に護送するように。それから、可能な限り彼らの遺体を回収するよう、お願いします」


『はっ』


 二騎の兵士は敬礼して馬を反転させると、再び草原へ駆けて行った。


 俺達は本隊とやらに合流するべく、今まで歩いて来た方角とは別の方角へ歩き出した。


「……アンタ、部下にも慕われてるんだな」


 歩きながら思わず、俺はそんな事を呟いていた。


「? そうでしょうか。そうだと嬉しいのですが」


 馬上のアーデルハイトは困ったように笑っていた。


「それから、遺体の件も感謝しておく」


「お礼など……私達にはこれくらいしか出来ませんし、こちらが巻き込んだ事でもありましょうから……」


 異世界転移という現象そのものは、アーデルハイトには何ら関係ない事ではある。


 にもかかわらず、彼女は少なからず責任を感じているようではあった。


「――それにしても」


 アーデルハイトは気分を紛らわすように、明るい声音で語りかけて来た。


「これで少しはアイバ殿の信頼が得られたと思っていいのでしょうか?」


「……さあ、どうだろうな」


「まあ、手強い事ですね」


「フン、こんなの魔王軍に比べたら屁でもないだろ?」


「ふふ、違いありません」


 こんな血生臭い戦場にあって、クラスメイトが何人も犠牲になったというのに、不思議と俺の心は少しだけ軽くなっていた。


 どうやらこの世界の住人は俺が思っている以上に、いや、下手をしたら元いた世界よりもマトモな人間が多いのかもしれない。


「――見えて来ましたよ、あれが本隊です」


 アーデルハイトとしばらく歩いていたら、進軍停止している二個大隊規模の軍勢と合流した。


 彼らは戦後処理でもしているのだろう、慌ただしく兵士達が行き交っている。


 甲冑を着ている兵士もそれなりにいたので、アーデルハイトが軍服なのは軽騎兵的な役割を担っているからなのだろう。


「ここまで来ればもう安全でしょう。少し、こちらでお待ちください。私は報告がありますので」


 そう言うと、アーデルハイトは馬から降りた。


 俺は二ノ森を馬から降ろす手伝いをしてやる。


 アーデルハイトはそのまま手綱を引きながら軍中へと消えて逝った。


 取り残された俺と二ノ森は、何となく気まずい雰囲気になる。


 俺は特に意味もなく、二ノ森に話し掛ける事にした。


「……お前、足のケガはどうなんだ?」


「へっ? あ、うん……まだ痛むけど、歩けない程じゃないみたい」


「そうか……」


「…………」


「…………」


 ――――会話終了。


 やはりこういうのは苦手である。

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