第4話 金髪の美女 前編

 俺達の窮地に現れた金髪美女は、こんな戦場だというのにシルクのような美しく長い髪を風になびかせ、手にはハイエナもどきの血が滴っているサーベルを携えていた。


 年齢は20歳過ぎと言った所だろうか。


 女優かモデルでもやっていてもおかしくない容姿をしているのに、軍服にサーベルってどんなギャップだよ。


 その金髪美女の後ろから続々と同様の恰好をした騎馬兵士達が駆けつけ、残っていたハイエナもどきを蹴散らし、逃走させて行く。


「――少尉、向こうの方にも逃げていった者達がいるようです」


 騎兵隊の一人、色黒でハゲ頭、髭の濃ゆい筋肉ゴリゴリのオッサンが金髪美女に向かって話し掛けていた。


「そのようですね。ゴリッツ軍曹、そちらは任せても?」


「御意に――お前ら、オレに続けぇ! 遅れたヤツは帰ったら素振り一万本だからなぁ!」


 ゴリッツ軍曹と呼ばれた無駄にごついオッサンは、20名程の騎兵を引き連れてクラスメイトが逃げていった方へ馬を駆らせて行った。


 金髪美女は馬から降りると、俺に手を差し伸べて来た。


 俺はその手を取らず、千紗に肩を貸して立ち上がる。


「ふふ、なるほど。彼女を助けたのはあなた自身――という自己アピールですか?」


 金髪美女は顔に似合わず、皮肉を言い放った。


「アホか。アンタが何者かわからん以上、迂闊うかつに気を許すつもりはないってだけだ」


「いいですね、その慎重さ。戦場で生き延びる為には必要な素養です」


「……まあ、助けてもらった事に関してだけは礼を言っておく」


「あ、ありがとう、ございました……」


 俺に肩を貸されている千紗も、ペコリと頭を下げた。


「しかし数名の犠牲者が出てしまった事は、口惜しい限りです」


 金髪美女はその辺に散らばっているクラスメイト達の獣に食い散らかされた遺体を険しい表情で見つめていた。


「アンタは一体何者なんだ? あの獣達はどうして俺達を襲って来た?」


「その前に。そちらの彼女、足にケガをしているようですね」


 金髪美女の言うとおり、千紗の左膝からは血が滲み出ていた。


「歩けそうですか?」


「え、えと……その、ちょっと無理そうです……すみません」


「謝る必要はありませんよ。では、私の馬に乗って下さい」


「え?! で、でもわたし、馬に乗った事なんて――」


「何も案ずる事はありません。私の後ろに掴まってくれさえすればいいのですから」


「は、はぁ……」


 金髪美女が馬の膝を折らせ、その場に座らせていたので、俺は彼女と手分けして千紗を馬に乗せた。


 千紗は足をケガしているし、制服のスカート姿だった為、馬にまたがらせるのではなく、横座りにして金髪美女に後ろから抱き着く格好にさせる。


 金髪美女は馬を立ち上がらせると、ゴリッツ軍曹と呼ばれたオッサンが向かって行った方角へゆっくりと馬を進めた。


 俺はやや後方から、馬の後ろを左足を引きずるようにして歩く。


「……ケガをしたのですか?」


 金髪美女が俺の方を振り返りながら言った。


「――いや、元々足が悪いんだ。気にするな」


 ちっ、さっき獣共から逃げる時に膝に負担をかけ過ぎたか……


「でしたら、あなたも馬に――」


「だから気にするなっての。放っておけばすぐに治る」


「ですが――……いえ、わかりました」


 こういう時は下手に男のプライドをへし折るような真似をしない方がいい。


 彼女は少尉と呼ばれていたし、さっきの騎兵隊も全員男性だった。


 男臭い小隊を指揮する身分ならそれくらいは学んでいるのだろう。


「――それで、先ほどの質問ですが」


 金髪美女は俺の方は見ず、真っ直ぐに前を見ながらそう言った。

 

「私はヴァイラント王国陸軍所属、アーデルハイト・エクスナー少尉と申します。そして、あの獣達は我ら人間の領地を侵す魔族軍の一団なのです」


 ……ヴァイラント王国、だと?


 そんな国、俺は知らない。


 それに魔族軍とか言ったよな?


 もしそれらが真実なら、ここは本当に異世界という事になってしまうだが……


「今度は私からも質問してよろしいでしょうか?」


「どーぞ」


 俺は混乱した頭のまま、適当にそう答えていた。


「まず、あなた方のお名前を伺いたいのですが」


「あ、し、失礼しましたっ。わたし、二ノ森にのもり千紗って言いますっ」


 千紗の苗字は二ノ森ってのか。


 初めて知った。


「俺は相羽だ。相羽直孝」


「ニノモリ殿にアイバ殿、ですか……やはり聞き慣れない名ですね」


 そりゃ、アーデルハイトとかゴリッツとか名乗ってる国の言語じゃあ、日本人の名前なんて違和感満載だろうよ。


 ――つか俺達はどうしてアーデルハイト達の言葉が理解出来るんだろうな?


 言語そのものが異なるんだろうから、言葉の壁は相当ぶ厚いハズなんだが。


 ふと、俺は気になって戦場の方を振り返ってみると、戦いの趨勢は人間側に有利に傾いているようで、魔族軍とやらが敗走して行くのを俺は遠目から無感動に眺めていた。


「それで、あなた方は私達を救いに来てくれた勇者様ご一行――という事でよろしいのでしょうか?」


「……………………はぁ?」


 俺はアーデルハイトが何を言っているのか、1ミリも理解出来なかった。


「よろしいわけないだろうが。誰が勇者だ、見当違いも甚だしい。俺達はただの学生だ」


 狼や熊に食い殺されたり、兎一匹狩るのに死に物狂いになる勇者がいてたまるかっての。


「しかし、あなた方は異世界から来たのでしょう?」


「そりゃまあ、否定しようのない事実みたいだが……」


「私達は魔族軍との戦闘の最中、突如激しい地震に見舞われたのです。そしてその直後、戦場の右翼――ちょうど私達の部隊がいた近くでまばゆいばかりの光の柱を見かけたのです」


「その光の柱のあった場所に行ってみたら、俺達が魔族軍に襲われていた――ってわけか」


 アーデルハイトは首肯していた。


「私達の世界には伝承があるのです。数百年に一度、魔族軍の侵攻が始まり、その際には異世界から来た勇者達が魔族軍を撃退し、この世に平和をもたらしてくれるのだと」


「……そんなの単なる伝承で、本当かどうかわからないだろ?」


「そうとも限りません。なぜなら、ヴァイラント王国はかつての異世界から来た勇者達の子孫が立てた国の一つだからです」


 だからです、って言われてもね……


 それを検証するすべなんて俺にはないし、仮に本当だったとしても俺達がこの世界を救う勇者だなんて、都市伝説でも信じていた方がまだ建設的な気すらしてしまう。


「あ、あのぅ――」


 それまで馬上で押し黙っていた千紗が口を開きかけたその時、俺の聴覚は全く別の物音を捉えていた。


 これは…………鳥の羽ばたき音?


「っ――伏せてっ!!」

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