第一章 異世界受難編

第3話 転移直後の死、そして――

 大気を震わせる程の振動を終えた俺達を待ち受けていたのは、想像を絶する景色だった。


 ただっ広い草原に獣の大群。


 その獣を相手に甲冑を来た兵士のような人間達が剣や槍で斬りかかっていた。


「な、なんだこれ……映画の撮影現場?」


 クラスメイトの誰かがそう言った。


「――にしては、随分とホンモノっぽいけど……」


 制服姿で草原に投げ出された俺達に言えたのは、精々それくらいだったのだろう。


 誰しもが突然の出来事に理解が追い付かない――


「こ、これはもしや……異世界転移でござるか?!!」


 ――と思ったのだが、男子の誰かがそう叫んでいた。


 つかその語尾の「ござる」って何だ。


「おい、野呂のろ。異世界転移とは一体何の事だ?」


 那岐先生が、ござる調でメタボ気味の丸メガネ男子に問いかけていた。


「拙者達が住んでいた世界とは全く異なる世界――すなわち異世界に転移する現象の事でござる。漫画やアニメ、ラノベなんかでは有り触れたこの現象が、まさか自分の身に起きるとは思ってもみなかったでござる……!」


「ワタシ達の知る世界とは別の世界……だと?」


 那岐先生はにわかに信じられない――といった様子で野呂を見つめていた。


 俺だって信じられないさ、そんなもん。


「お、おいおい……あの獣達、僕達に目を付け始めたぞ……!!」


 クラスの誰かがそう言ったとおり、何匹かの獣が兵隊ではなく俺達に向かってやって来ていた。


「ちょっと、これ映画の撮影なんじゃないの……?!」


「んな事言ってる場合か、とにかく逃げろっ!!」


 誰かの絶叫が合図となって、俺達は一斉に獣から逃げるように走り始めた。


 俺達はしばらく草原を逃げ惑っていたのだが、徐々に獣たちとの差が詰められて行く。


「く、来るな、来るなって……うああぁあぁぁぁ!!」


 足の遅い生徒がとうとう獣達に追いつかれ、名も知らぬ男子が狼に似た獣によって喉元を食いちぎられていた。


「あ……が、ぐぐ…………」


 ソイツは恐怖でひきつった顔をしながら、全身をピクピクと痙攣させながら、絶命した。


 死肉を求めてたらしき狼の群れが遺体に群がり、肉や内臓を貪り始めた。


「な、何よ……何なのよ、これぇ――ぎゃああぁっぁぁっっ!!?」


 今度は女子生徒が巨大な熊のような獣に襲われ、左腕を吹き飛ばされていた。


 その女子は肩口から血を吹き出しながら、恐らくショック死なんだろう、膝から崩れ落ちてそのまま動かなくなった。


 そしてその女子生徒もまた、熊らしき獣に身体を食われて行く。


 本当に、何なんだこれは……


 こんなこと、現実に起こっていいのかよ……?!


「くっ……お前達、止まるなっ! とにかく走れっ!!」


 那岐先生の言葉に、気付いたら俺を含めて足を止めていた何人かが再び走り出す。


 けど、走ると言ってもどこへ向かえば安全なんだ……?


「――きゃあっ!」


 ふと俺の隣を走っていた女子生徒が蹴躓けつまづいて、その場に倒れ込んでいた。


 その女子生徒に向かって兎のような獣が襲い掛かる――!


「千紗ぁっ!!」


 倒れた女子の友人らしき生徒の叫び声が聞こえる。


「ちっ!!」


 俺は考える間もなく、女子に襲い掛かる兎もどきの腹を横から蹴り上げていた。


 獣特有の肉と骨の感触が足を伝って俺の脳髄に伝わって来る。


 だが、兎もどきに致命傷は与えられていないようで、ヤツはすぐに態勢を立て直してこっちに向かって来る。


 先生や他の生徒の姿はもう見えない。


「おい、お前! 立てるか?!」


「はぁ、はぁ……も、もう、これ以上は……」


 肩で息をしながら、千紗と呼ばれた女子はそう言った。


「クソがっ!」


 俺は飛び掛かって来た兎もどきの顔面に右拳を突き出す。


 が、俺の攻撃はあっさりとかわされ、兎もどきは俺の喉元向かってその鋭い前歯を突き立てようとしてくる。


 俺はヤツの攻撃が届く寸前に、左手で兎もどきの首根っこを捕まえた。


 そして力の限り兎もどきを地面に叩きつけ、更に体重をかけて圧し潰していく。


「ギュゥっ?!!」


 それが兎もどきの断末魔となり、やがて動かなくなる。


 不思議な事に、兎もどきの死体は次の瞬間にはフッと消滅してしまった。


 どういう現象なのかは分からないが、考えている暇はない。


 俺は千紗の元へ駆け寄った。


「おい、さっさと立て。急がないと次が来るぞ」


「ご、ごめんなさ――」


 千紗は起き上がろうとして、その表情を真っ青に染めていた。


 俺が彼女の視線の先に目をやると、俺達は既にハイエナのような獣達に包囲されていた。


 くそぅ、ここまでか……?!


 俺の人生、こんな所で終わっちまうのかよ――!!


 俺は千紗をかばようにして、この包囲網を突破出来ないかと目を走らせた。


 その内、ハイエナもどきの一匹が、俺達に向かって徐々に距離を詰めて来た。


 俺は威嚇するように地面に生えている草を千切って投げつけるも、ハイエナもどきは全く怯まずに近づいて来る。


 すると、俺達を包囲していた他のハイエナ達も絶好の餌だと言わんばかりに、涎を垂らしながら迫って来る。


 ちっくしょう……!!


 虐待と、いじめと、裏切りに遭うだけのクソみたいな人生を過ごした挙句、こんなクソみたいな異世界でハイエナに食われてで死んじまうのかよ!!!


 数匹のハイエナがスピードを上げて俺達に襲い掛かって来るのを視認すると、俺は千紗をかばうようにして抱きしめていた。


 刹那。


 俺の身体はハイエナもどきに食われ、骨を残すまでむさぼり尽くされ――


「はぁぁぁっ!!」


 ――る事はなかった。


 どこからか聞こえた裂帛れっぱくの掛け声と共に、気が付けばハイエナもどきの数匹が地面に倒れていた。


「――あなた達、無事ですか?」


 頭上から女性の声がした。


 俺は顔を上げ、声の主を確認する。


 ……何の冗談だ、これは?


 そこには白馬に跨り、軍服を身にまとった金髪の美女がそこに佇んでいた。

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