第2話 異世界転移
俺の通う公立高校は、自宅から自転車で通える距離にあった。
どうせ通学費を渋るだろう両親に先回りして選んだ高校だ、大した思い入れもなければ、教師やクラスメイトと関わる事もない。
にもかかわらず、学校へ着くと心が少し軽くなったように感じるのは、あの家の空気が俺に合っていない事の証左なのだろう。
学校の駐輪場へ自転車を停めた俺は、しっかりと鍵を掛けて校舎へと向かった。
下駄箱へ着くと、クラスメイトと思しき生徒をチラホラと見かけたが、俺はクラスの連中と関わらないので、顔も名前もほとんど知らない。
ただ、下駄箱の場所が近くにあるからクラスメイトなのだろう、くらいの類推をするだけだ。
上履きに履き替えて校舎の階段を上がって行く。
教室に着くと、まだ少し早い時間だからだろうか、生徒の数はまばらだった。
俺は教室の中央列最後尾にある自席にカバンを置いて、ぶっきらぼうに席についた。
「――おはよう、
今日、ここに至るまで誰とも会話をしなかった俺に、初めて声をかけてきたのは隣に席に座っている女子生徒だった。
長いストレートの黒髪、パッチリとした瞳にくっきりした長いまつ毛、身なりも完璧といっていいくらいに整えられた彼女の名前は、
「あぁ」
俺は挨拶というより適当に声を出していた。
顔も名前もほとんどしらないクラスメイトで、顔と名前が一致している数少ないヤツである。
「連休中は元気に過ごせてた?」
「暇で暇で死にそうだったな」
「そうなの? 折角の休日だったのにもったいない」
表情、仕草、言葉、その一つ一つが可愛らしさを醸し出している。
俺は正直、コイツが苦手だった。
「それよりお前、今日は随分とお早い登校なんだな。さすがはクラス委員長」
「皆と会えると思うと嬉しくて、早く目が覚めちゃったみたい」
人当たりが良くて成績も良い。
容姿も良ければ、性格も良い。
クラスで一番どころか学年で一番の美少女と噂されるこの鈴森結奈が、なぜ俺なんかに話し掛けてくるのか。
1年の時に同じクラスだったわけでもないし、同じ中学でもない。
2年になって隣の席になってからというものの、理由も分からずこうして絡んでくるのだった。
「そういう相羽君は、いつも登校するのが早いよね? もしかして学校が好きだったりする?」
「家族と冷戦状態なんでな、学校の方がまだマシってだけだ」
「……なんだか複雑な家庭の事情があるんだね」
つーかコイツとの会話も打ち切りたくなってきたな。
でないと、そろそろ面倒なアイツが登校して来る時間に――
「おはよう諸君! 今日もいい天気だねっ!!」
――ほら来た。
「やあやあ鈴森さん、お久しぶりだね! 元気にしていたかな?!」
「おはよう、
「それは結構っ! はっはっは!」
この無駄に騒がしいヤツが男子のクラス委員長だというのだから、驚きである。
「相羽君もおはよう!」
「あぁ」
「先程、鈴森さんと仲良く話をしていたようだけれど、一体何の話をしていたんだい?」
ちゃっかり聞いてたのかよ、コイツ。
「冷戦についてだ」
「冷戦……? それは歴史の授業か何かかな?」
「ある意味、そうとも言えるかもな」
「む……何だか、意味深だね。良かったら僕も混ぜてくれないか? その冷戦談議とやらに」
……あぁもう、本当にウザイ。
この鹿野という男子は鈴森にホの字である。
その鈴森がみだりに俺にちょっかいかけてくる事に嫉妬して、事あるごとにこうして話に加わろうとして来る。
こっちは関わる気なんて毛頭ないってのに。
一体、何なんだろうな、俺は。
ただそこにいるだけで、こうして誰かに絡まれる星の下にでも生まれてしまったのだろうか。
面倒臭い事、この上ない。
「――おはよう、結奈」
俺がどうやって鹿野を追っ払おうかと思案していたら、タイミング良く鈴森に話し掛けて来る女子生徒がいた。
「あ、のり子~! おはよ~!」
鈴森は俺や可能に向けるそれとは全く異なる笑顔と声色でその女子生徒――確か、
何でも2人は小学校の頃からの付き合いで、親友であると周囲に公言している仲らしい。
音羽も鈴森に負けず劣らずの美少女であり、肩まであるカールのかかった栗色の髪、やや切れ長の目、常に少し紅潮した頬が特徴の女子である。
二人並んでいると華やかなオーラが満載過ぎて、もはや並の生徒では近づく事すら叶わない。
鹿野は音羽にお株を奪われた格好になったのが惨めになったのか、すごすごと自分の席に戻っていた。
俺は俺で鈴森に絡まれなくなったのでホッと一息ついていたら、ほんの一瞬、音羽に睨まれたような気がした。
……俺、何もしてないよな?
またいつもの、そこにいるだけで誰かに恨まれるというパターンかよ。
いい加減にしてほしいよな、ホント……
不意にホームルームの開始を報せるチャイムが学校中に鳴り響いた。
同時に、クラス担任――
「――全員席に着け、ホームルームを始める」
まだいくつかの空席があったが、那岐先生はホームルームを始める。
年の頃は20代半ば、茶髪のセミロングを後ろで折り返してまとめており、毛先が天井の方を向いている。
黒のパンツスーツをピリっと着こなしたその性格は鋭い刃のようであり、ウソや誤魔化しなどは微塵も許さないオーラを発している。
美人と言えば美人なのだが、男っ気が全く感じられないので、密かに狙っているクラスの男子もいるとかいないとか。
いやもう、ホントどうでもいい情報だった。
「すんません、おっくれましたぁ~!」
那岐先生が出席を取ろうとした直後、扉を開けるけたたましい音と共に教室へ飛び込んで来たのは、数名の男子生徒だった。
「……はぁ。またお前らか、
「だから謝ったじゃないっすかぁ。以後、気を付けまーす」
神室と呼ばれたプリン色のツンツン頭をした男子生徒は、全く反省していない様子で言っていた。
ヤツは取り巻きの男子らと共に、悪びれもせずに席に着く。
「ふぅ……じゃあ、改めて出席を――」
那岐先生がそう言いかけた刹那。
ヴゥゥゥゥゥゥゥゥ……ン。
鈍い重低音と共に、教室が暗闇に包まれていく。
クラスの連中がザワザワとどよめき出す。
あのクールな那岐先生ですら、何が起きたのかを把握しきれずに周囲を伺っている様子だった。
俺も何が起きたのか全く分からず、ただ成り行きを見守っていた。
「あ、相羽君……これって、一体……?」
隣の席から、鈴森の声が聞こえたかと思ったのも束の間。
次の瞬間、俺達は眩暈を起こしそうな程の強烈な振動に身体の自由を奪われる。
『きゃぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁ!!!』
それは誰の悲鳴だったか。
あるはクラス全員の叫びだったのか。
俺達は誰もが必死に机にしがみ付き、その振動に耐えていた。
そして――
……
…………
………………
気が付けば、俺達は見た事もない草原の只中に放り出されていた。
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