第17話 こわい

「へえ、青春してるんだねえ。いいじゃない」


大学の中庭のベンチに座っているとき、友人はしみじみと呟いた。


6月終わり。梅雨の最中だが珍しく天気のいい今日、外で友人とランチタイムのお喋りをしていた。

普段の話題は授業や本について。

会話が途切れた時、私はこの頃ずっと頭の中で考えていた和泉さんのことを話してみたのだった。


「私は大学入ってからトキメキとは無縁だからなあ」


「そうなの?」

「そうなの。そういうのは高校生まででやり尽くして燃え尽きたから」

い、一体何があったんだ…。

友人はどこか遠い目をしていた。


「ま、私のことはいいとして。小鞠は何を怖がってるの?」


“怖がってる”

その言葉にどきりとした。

まさに今私が抱えている感情を言い当てられたから。


「話を聞いてると、何も問題はなさそうなんだけど」

「……う…このまま、和泉さんと一緒にいてもいいのかなって思っちゃって」

「なんで?」

心底不思議そうな顔で友人が聞き返す。


「じ、自信がないから」

私はしどろもどろになりながら話はじめた。


「最初は、和泉さんに振り回されるみたいにしてたけど、少しずつ和泉さんのことを知れてきて。謎も多い人だけど優しくて、気遣いしてくれる人で。一緒にいると楽しくて。……けどどうしても思っちゃうの。どうしてに構ってるんだろうって…。画家の知り合いもいるし、見目もいいからモテるんだろうなって思うし……私は隣にいるのにそぐわないんじゃないかって」


無意識に顎をいじる。

黙って話を聞いていた友人は手のひらを振り上げ、


「考えすぎ」

と私の頭をチョップした。

想像より力が強くて痛かった。ヒリヒリとする頭を押さえる。


「無理に決まった関係性の枠に閉じ込める必要なんてない。一緒にいて楽しい、だから一緒にいる。それで十分でしょう?」

「うん……」


分かってはいるのだ、分かっては。

考える必要のないことまで考えて悩んでいると。

けれど、どうしても考えてしまう。


自分を否定された過去のことを。

呪縛は未だにしこりとなって胸の内に残り続ける。

顎を触る。

せめて、もう少しだけ綺麗だったら良かったのに。

そうしたらきっと自信をもっていられた。


ピロン

スマホの着信音がして確認してみると、和泉さんからの連絡だった。


『今週末は、この美術館行かない?』


メッセージを見て、一呼吸置く。

『すみません、土日は実家に帰省する予定なので行けません』


送信してから目を瞑る。


和泉さんが大切なひとになりつつあるから、

怖いのだ。

この曖昧な関係のなか、

拒絶される未来をほんの少し想像するだけでも。



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