第16話 写生会⑤ 関係性
「い、和泉さんは何描いてたんですか!?」
これ以上自分の絵を見られることがいたたまれない!挙げた声は動揺してひっくりかえってしまう。和泉さんは私のスケッチから顔を上げた。
「見る?」
「見たいです!」
じゃあ、どうぞと渡されたスケッチブックに描かれていたのは。
「……白まんじゅう」
それは午前中に行った白いふわふわドームの絵だった。子どもたちが飛び跳ねて遊んでいる様子が風のようなタッチでスケッチされている。
……けど、ここから見えたの?
辺りを見渡して遠くまで目をやる。
滑り台やジャングルジムなどの遊具の向こうに白い山のようなものが少し見えた。
子どもなど砂粒みたいなサイズである。
純粋に疑問に思ってきいてみた。
「和泉さん視力いくつですか…?」
「うん?両目とも1.5はあるよ」
「視力いいですね…」
目がいいから絵も上手なのだろうか?いやそれにしても見え過ぎでは?いや、記憶も補完して描いてるんだろうなととりとめもないことを考える。
「それはそうと、ちょっと白まんじゅうのとこ行って色塗ってくるね」
「あ、はい。いってらっしゃい」
和泉さんは私が返したスケッチブックを脇に抱え、手乗りサイズの折りたたみ絵の具パレットと筆を手に持ち、この場を離れた。
うん……どっと疲れた。
とりあえず色塗りは今はいいかな。
休憩もかねて、なんとなく和泉さんの絵をぼんやり眺める。
「あの」
顔をあげると見知らぬ人が立っていた。黒髪ショートヘアーの、私と同い年くらいの女性。
「それは、あなたが描いたんですか?」
だ、だれだろう…??
困惑していると女性はスケッチブックの絵を指した。
「その絵です」
和泉さんが描いたアネモネだ。
「あ、いえ……」
「ではどなたが?」
「それは私の…私の…」
そこまで言って、はてと考える。
私の…何だ?
知り合い?友人?趣味友?
合ったのは今日を含めて4回。
時間に比例しない距離感や態度に翻弄されて。
和泉さんは私にとってどんな存在なのか。
この関係性の名前って何?
分からない。
ぐるぐる悩みだした私に女性はくすりと笑う。
「いえ、いいんです。知り合いの絵の雰囲気に良く似てたから気になっただけで」
そう言って深く追求することもなく去っていった。
その背中が小さくなって見えなくなってから、ほっと息をひとつついて寝転がった。
レジャーシートの上、大の字になって空を見上げる。
風に流されていく小さな羊雲。
他の雲とはぐれて一匹だけ取り残されたみたい。
風がそよそよと髪の毛をくすぐる。
6月初頭、ぽかぽか陽気と心地のよい風の中気がつけばいつの間にか、眠ってしまっていた。
「うん……」
目を開けると、辺りの景色がもう赤く染まりはじめていた。
しゃっ、しゃっと鉛筆が動く音。首だけ動かすと木の根元で和泉さんが座って絵を描いている。
ぼんやりした頭のまま尋ねた。
「今度は何を描いてるんですか?」
和泉さんは手をとめて、スケッチブックの脇から顔を出した。その表情は暮れなずむ夕日の影でよく見えない。
「小鞠さん」
「はい」
「よく寝れた?」
「とても…」
はぐらかしているのだろうか?
焦点が合わず頭も上手く働かない中、和泉さんを見つめる。口元に柔らかな笑みが浮かんだ気がした。
「まだ、内緒」
「内緒?」
……?絵のことか。
「他の絵はいいけど、その絵は駄目なんですか?」
「ちゃんと形にしてから見せたいんだ」
「じゃあ…完成したら一番に見せてくださいね」
ちょっとだけ我儘が口からこぼれる。
和泉さんは迷わず頷いた。
「うん。約束するよ」
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