第14話 写生会③ ”写生“
白いドームのあとは、ゴーカートへGo!
運動神経のない私でも意外に上手く運転できた。和泉さんは神がかったレースを見せ、私は全く敵わず降参の狼煙をあげた。和泉さんは「楽しかったね」と満足気に笑っていた。
12時を過ぎていたので昼食を入手する。
私は卵サンドイッチ、和泉さんは梅と昆布のおにぎりを手に入れた。
買ったものを持って、広場の方へ。
芝生の濃い緑と空の天色で天地を二分しているような光景。
名も知らぬ大きな木の下でレジャーシートを敷いて、その上に座ってサンドイッチをほうばれば、さながら遠足気分だ。
「卵サンド美味しい?」
正面の和泉さんに聞かれ、こくりと頷く。
「よく昼食に食べてます。和泉さんはサンドイッチあまり食べないんですか?」
「うーん、好きだけど……」
少しだけ答えにくそうにしていた和泉さんは、まあいいかと笑う。
「実は昔、カラスに盗られたことがあってトラウマなんだ」
「え!?」
「両親と行ったピクニックで、サンドイッチの袋を開けて少し放置してたら、突然襲いかかってきたんだ。あっという間に持ってかれてショックだった」
そ、それはショックだろうな……。てか怖い。
「そういえば、卵サンドだった」
どこか遠い目をしている。
そんな苦い経験があればサンドイッチが好きでも食べない、というのも分かるかも。
正しく今はピクニック!で状況も近しい。
……カラス、いないよね?
ちょっとだけ怖くなって卵サンドを隠しながら木の上などを見回した。いないと分かってほっと肩の力を抜き、そういえば……と思い出す。
「私も少しだけ似た経験あります」
その言葉に和泉さんはこちらを向いた。
「カラス、とかではないんですけど。昔母が爆弾握りにはまってる時期があって。かなり大きくて、綺麗な球体を作ってて完成度高かったんですけど……それが仇になったんです」
「うん」
「山頂で食べようとした時に、手が滑って……おむすびころりんしてしまい」
「……」
「追いかけたんですけど結局行方知れずになって、おかずだけ泣きながら食べました」
家に帰って大号泣しながら親に訴えたな……。
和泉さんは下を向きながら肩を震わせている。
……うん?どう、し…
「ふっ、ふふあははは!」
突然、和泉さんは吹き出した。
「本物の……おむすびころりん……ふっ」
ツボにはまったのかぴくぴくと笑っている。
「そんな、そんな……ふ、ふは」
その姿に私もなんだかおかしくなってしまい、暫く2人で笑っていた。
「じゃあそろそろ描き始めようか」
食事後、和泉さんはリュックサックから大小二冊のスケッチブックを取り出した。描きたいものによって使い分けているらしい。
じ、と見ていたら和泉さんは小さい方のスケッチブックを開いた。
思わず感嘆の声が漏れる。
「きれい……」
一枚目は二匹の蝶の写生。ごく細い触覚や模様まで緻密に描かれていて、絵の中から飛び出してきそうな錯覚を覚える。
「すごいなあ…、私には描けそうもないです。絵、下手だから」
下手の横好き……とちょっとだけ卑屈になっていると和泉さんは「写生に上手い下手はあまり関係ない」と言う。
「でも、写生って対象物をどれだけ正確に描くか大切ですよね」
そう返すと和泉さんはううん、と首を振った。
「確かにそうだけど、それは一番じゃない。無理に上手さを求めたり、全てを収めようとしたりしなくていいんだ。綺麗だと、その瞬間を切り取って残しておきたいと心で感じ入ったものを描けばいい。写生は写真のような単なる情報ではなく、人の記憶のようなものだから」
残しておきたい瞬間を切り取るもの……。
上手い、下手ではなくて“何”を描いてるのか。
見えていなかった世界が拓けたようで私ははっとした。
私の描きたいものって、なんだろう。
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