第13話 写生会② 可愛い
本当に綺麗なものにあった時、言葉を失うのは本当らしい。
私は目の前の美しい景色を声もなく見ていた。
「綺麗だよね」
和泉さんに話しかけられ、こくこくと頭を上下に振って頷く。
さっきまでの薔薇もとても素敵だったが、この場所は群を抜いて輝いているように見えた。
「小鞠さんはどの薔薇が好き?」
「そうですね…迷うけどでも…」
私はひとつの薔薇の側に寄った。
「私はこれが好きです」
小ぶりの可愛らしい薔薇。
黄みがかったピンク色が淡くて、繊細で素敵。
ペンポーチとか服のモチーフに使いたい。
ほんとに可愛いなぁ。
「……可愛い」
「そうですよね」
嬉しくてにこにこしてしまう。
「和泉さんはどれが好きですか?」
「僕?」
和泉さんは少し呆けたような様子だったが、思い至ったように指をさした。
私のいる方向を。
その場からよけて、後ろの薔薇を見る。
「……?この薔薇ですか?」
「うん、その薔薇もいいね」
「これじゃないならどれ……」
他の花も挙げてみたが、結局はっきりと答えてはくれず。
結局、どの薔薇が一番好きなのか曖昧なまま。
そして一通り堪能して、アーチをくぐり抜けてバラ園を抜けた。
「じゃあ次は写生しに行きますか?」
「いや、まだやることがある」
……?なんだろう。
和泉さんは子どもみたいな無邪気な笑みを浮かべる。
「遊ぶんだよ!」
……遊ぶ?
和泉さんの言葉が上手く呑み込めなくて頭に疑問詞が浮かぶ。
「絵を描きにきたんじゃあ……」
「それはまた後でね。その前に折角この公園に来たならやっておかなきゃ損なものがある」
「それは……?」
「白まんじゅうのところへ行くんだ!」
◇◇◇
……なるほど。
私は和泉さんの言う白まんじゅうを見渡して頷いた。
いや……でもまんじゅうっていうより白い山みたいな。
山のような大きな白いドームが4~5個目の前にはあった。
サイズも高さも様々で、子どもたちが山にのぼってはぽよぽよと飛び跳ねている。
トランポリンみたいな感じかな。
隣の和泉さんはどこかうずうずしているようだ。
私はここで座って見ていようとしたが、例のごとく連れ去られる。
何度も滑りかけながら気づけば一番大きなドームの上にいた。
足場が安定せず、生まれたての小鹿のように足が震えてしまう。
「あの…手、離さないでくださいね」
両手をしっかりとつかみ、私は懇願する。
「離さない、離さない」
どこか軽い口調だ。信用できない。
けど今まで和泉さんが嘘をついたことは一度もないから信用でき……
「ああ!」
手が離れて、和泉さんはぽよんと跳ねた。
近くにいた私の足場も不安定になり体のバランスが崩れて一瞬浮く。
「嘘つきーー!!」
騒ぐ私に和泉さんは構わない。
転ぶ……!と身体を強張らせたがふより、とお尻と手がドームに着く。
……あれ。痛くない。なんだか不思議な感じ。
顔を上げると逆光の和泉さんがこちらを見て微笑んだ。
「恐くないでしょ?」
確かに、恐くない。それよりも不思議と気持ちが高揚する感じ。
後ろで小さい子のきゃははははという声と地面が揺れる感覚。
手がつるりと滑って、ドームを滑り落ちていく。
え、ちょっとまっ……。
そのままドームと地面の着地点へ。肩の力を抜いた私の耳に聞こえたのは。
「あはははは!」と楽しげな笑い声。
振り向くと和泉さんがお腹をかかえて笑っていた。
もう。
今日の和泉さんは、朝からテンションが高い。
笑い方もいつもみたいなドキッとするものではなく、子どもみたいな無邪気なもので。
困惑してしまう。
けれど少し可愛くも思えて。
一緒にいるうちに、自然と笑ってしまうんだ。
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