第11話 好きな絵

一体何があったのだろう?

この絵を見てから様子がおかしかったような。

考えてみるが、全く検討もつかない。


……うん、とりあえず他の作品も見よう。


と、次の作品へうつる。


和泉さんが戻ってきたのは全部の作品を一通り見終えてからだった。


「ごめん、急に席を外して……、まだ見てたの?」

「全部見たんですけど、もう一回見たくなって」


和泉さんがこれ、と固い声でさしたのはあのアネモネの絵だった。


「やっぱり好きだなあって」


和泉さんはこの絵にあまりいい感情を抱いていないのかもしれない。

けれど全部の作品を見終わったとき心に一番残っていたのはこの作品だった。


「日本画の画法とか詳しいことは知らないけど…ぱっと見たときにまず印象的でした。目立つ色が使われているわけじゃないのに華があるというか……それに眠っている女の子、見てたらちょっと気づいたことがあるんです」


私は絵の中で眠る女の子に目を向けた。


「最初はお昼寝してるのかなって思っていたけど、それにしてはどこか絵の雰囲気が少し陰っている気がして。もしかしたら、100年の眠りについている女の子の目覚めを待っている、そんな絵なのかもしれないなぁって」


茨姫の瞳が開かれるのを待ち続けた城のような。


硬い表情だった和泉さんは、どこか困惑した様子で絞り出すように言葉を吐いた。


「君って……好きなものに対してほんと真っ直ぐだね」

「そうですか?」小首を傾げる。


「でも不思議です…この作品だけ明らかに他と違う気がします」


その言葉に和泉さんは少し躊躇いがちに洩らした。


「実はその絵、僕が描いたものなんだ」


……え!!い、和泉さんが描いた絵なの!?


「すごいです!私も絵描くの好きだけど小さいのしか描いてなくて…だからこのサイズの絵が描けることがまず憧れます!その上物語を感じさせる奥行きある絵を…!!」


大興奮の私。和泉さんが、ふはっと笑う。

??笑う要素なんて今あった?

疑問詞を浮かべた私の頭にぽんと手が置かれた。


「やっぱり君はとってもいい」


和泉さんをまとっていた重い空気がどこか晴れ、表情が穏やかになった気がした。


「いい、って何が……」

「うん?内緒」


き、気になる……。


「ねえ。今度一緒に写生しに行かない?」

「写生、ですか」

「うん。梅雨が来る前に公園とか行って絵が描けたらと思ったんだけど、良かったら小鞠さんもどうかなって」


和泉さんが絵を描いてるとこ見てみたいかも……。


「はい、行きたいです」


その言葉に和泉さんは微笑み頷いた。

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