第10話 何事?
和泉さんのからかいをなんとか逃れて会場へ。
床はフローリングになっていたが、壁や天井や柱は一面真っ白に塗られていた。
だからこそ、飾られている絵画の色がより鮮やかに映える。
「じゃあ、こっちから順番にね」
和泉さんに案内され、一つずつ絵画を見ていく。
日本画だろうか?それにしては、絵のモチーフが日本画らしくないというか……独創的。
「これは日本画で合ってるよ」
「そう、なんですか?日本画ってもっと富士山!武者!桜吹雪!みたいな日本の文化を描いてるものだと思ってました」
「一般的にはそう思われることも多いかも。けれど今ではかなり幅が広がっているんだ」
和泉さんは次の絵を指さした。
「この女性の絵かなり写実的に描かれていると思わない?」
「確かに」
「日本画は明治維新で日本に入ってきた西洋画・油絵に対抗するためにひとつの画法として確立されたんだ。その頃は平面的なのが良しとされていたけど、今は油絵の特徴も取り入れた表現もよく使われる」
「へえ……」
けっこう日本画って新しいのかあ。
初めて聞く知識に目をむく。
「……ん?じゃあ明治維新前の日本の作品は日本画じゃないんですか」
「それは、“大和絵“だね。中国や朝鮮半島から入ってきた”唐絵“に対応してるんだ」
興味深い知識にふむふむと頷いていたが、急にあることが不安になってきた。
「あの、こんなに話しながらで大丈夫ですか」
和泉さんの耳によせ、こっそりと聞く。
会場内にはちらほらとだが人がいた。他の人の鑑賞の邪魔にならないかな?
「問題ないよ。この展示会は格式ばったものじゃないし、作品について語ってほしいから静かに鑑賞するような注意はしてない。それにほら」
指さすほうを見ると、絵の前で語り合う男性三人。大学生だろうか?
「あれは多分友人の後輩。顔を見たことがある」
よくよく聞いてみると先輩の絵を酷評しまくっていた。
ひええええ。
「悪く言う割には作品のポイントを抑えてるんだ。熱心なアンチはときにファンよりも作品を理解してる」
そんなものだろうか?
和泉さんはどこか眩しいものを見るように学生達を見ていた。
私は次の作品へと視線を動かす。
……わあ!
「……あ!私この作品好きです」
「どの作品……、っ!?」
私が指したのは、アネモネの咲き誇る花畑で白いワンピースを着た少女が眠っている絵画だった。
まるで本当に生きているかのように頬に赤みが差し、光と陰の表現は夕暮れ時のどこか不穏で寂しい感じを表現している。
「は……?なんでこの絵がここに……」
和泉さんは口を抑えて絵を凝視していた。今までの絵とは明らかに違う反応を疑問に思っていると、ズボンのポケットに手を突っ込んでスマホを取り出して何やら操作していた。
鬼気迫る動作。プルルル、と電話のコール音。
「ごめん、用事が出来たから少しここで見てて」
とスマホを耳にあて足早に会場から出ていった。
ひとり残された私は頭にハテナマークをつけながら和泉さんの出ていった扉のほうを見ていたのだった。
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