第8話 つながれた手

え、何この天ぷら!

衣はさくっと、海老の身はしっかり引きしまっている。

甘じょっぱいたれを極まってまさに至高の一品。

これまで食べた天ぷらの中で一番かも……。

ワンコインでこれが食べられるなんて、と感動していると隣の席に生姜焼きが運ばれてくる。


匂いにつられて見てみると、和泉さんが右手にナイフ、左手にフォークを持って一枚の生姜焼きを切るところだった。


箸で食べるのが一般的と思っていた生姜焼きの前に洋食器があっても慌てず、スマートにナイフを使って切った、肉の一切れを口に運ぶ。

洗練されていて、綺麗な所作だ。


「うん?」


肉を切る手が止まり、こちらを向いた和泉さんと目があった。

にやりといじわるげな笑みを浮かべ「食事中」と口パクされる。


(あ!さっき食事中に横顔観察するほど野暮じゃないって……私、自分から尻尾出してどうするの)


和泉さんから顔を背け、慌てて味噌汁を口の中にかっこむと、ぶほっと噎せた。

隣から、くつくつと喉奥から出るような笑い声。

私は顔から火が出そうになりながら、無視を決め込んでご飯を完食した。



「美味しかった〜!!」


暖簾をくぐり、外へ出て身体をううんと伸ばした。

「ほんとに、隠れた名店って感じでしたね」

良心的な価格で大ボリューム、そしてなんといっても天下一品の味。

こじんまりとしていたけど店内は人が多く出入りしており地元に愛されているお店なんだなあ、と思った。


「小鞠さんのお陰だよ。この駅に来てなかったら、きっと味わえなかった」

「そう、ですか……」


今日の自分はダメダメだ、と思ってた。

けど和泉さんも楽しめているなら良かった。


「それはそうと、小鞠さんはそそっかしくてリスみたいだね」


……貶されてる?


「やっぱり乗り換え失敗とか定食屋さんでのこと非難して……?」

「いやいや、違う。可愛いってことだよ」


かわいい?


音が言葉として認識されず。

その意味が染み込んで形をなすのと同時に右手がとられた。


「さあ、頃合いだし行こうか」

「あ、あの。え……!?」


歩き始めた和泉さんに私も慌ててついていく。

2人の間は行きよりも近くて、手はしっかりと繋がれていた。

いわゆる、こ、こ、恋人繋ぎに。

今まで何度も手を引かれることはあったけど、これは。これは。


「あの……手……」

「はぐれないようにね」

「こんな一本道でははぐれません……」


消え入りそうな声で反論する。つないだ手が離れる素振りはまるでない。


多分和泉さんは手の繋ぎ方とか深く考えてないに違いない。それが一番捕獲しやすい形だったというだけだ。さっきリスみたい、とか言われていたし。


けれどどうしても私は意識してしまって。

触れている部分からじわりと熱さがにじんで身体中に広まるようで。


恥ずかしくて一刻も早く離してほしい。

けれど、私からは離したくなかった。



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