第7話 マスク
「本当に、ごめんなさい」
迎えにきてくれた和泉さんに頭を下げる。
待ち合わせに遅れると連絡したら、乗り換えが複雑でまた迷うかもしれないから迎えに行くと言ってくれたのだった。
電話をかけてから約1時間30分。
約束の時間はとうに過ぎている。
「時間大丈夫ですか……?」
申し訳なさすぎて縮こまった私の頭上に手が置かれる。
そっと撫でるような優しい手つき。
強張っていた心が解けていくような、それでいて触れた部分が熱くて離れたくなるような。
「気にしなくていい。早めに集合時刻を設定していただけで、目的地は19時頃まで開いてるから」
情けないなあ、私。気を使わせてしまってる。
時刻は11時50分。
そろそろ昼時にも近づいていた。
ぐうううう。私はばっとお腹を抑えた。
ふふ、と微かな笑い声。
「次の電車まで時間あるし、どこか近くの店で食べようか?」
「……はい」
真っ赤になった私の手が引かれ、2人で改札口を出た。
歩いて5分ほどの場所にあった小ぢんまりとした定食屋さんに入る。
カウンター席に案内され、赤い丸椅子に腰を下ろした。
目の前に”ランチタイム限定、500円定食“
と書かれた張り紙がある。
メニュー写真はないが、鶏と海老のもりもり天丼や生姜焼き定食など美味しそうなメニュー5種がかかれていた。
「僕は生姜焼き定食にしようかな」
「私は……天丼食べます」
すみません、とカウンターの店員に声をかけ注文する。
「ご飯は少なめで大丈夫ですか?うちの店通常がかなり多めなので」
「あ、はい」
「僕のは大盛りのままで」
周囲から食指が湧くような匂いが立ち込める。
迷惑にならないようそっと伺うと500円定食らしきものを食べてる人がかなりいた。
早く頼んだ定食運ばれてこないかな。
ワクワクしていると横から声。
「楽しそうだね」
和泉さんは、顎の下で両手をくみながらこちらを見ていた。
そういえば、この逃げられない距離で横の席って。
私の横顔しっかり見える気が……。
マスクの上から右頬を覆うように隠す。
「あの、できればこちらをあんまり見ないでもらえると……」
「どうして?」
「ええと、だから……その」
「マスク暑くない?」
和泉さんのとんとん、と自分の頬を叩く仕草。
唖然とした。
何も理解ってない素振りをしながら、ピンポイントで気がついているのでは?
「まだ風邪気味で」
「長引く風邪だね」
全く納得していないような声音。
先日のバス内での和泉さんの行動を思わせる。
「あの……〈観察〉はやめないですか…?」
「どうして。小鞠さんも僕の横顔見てるでしょ?」
見てます。見てますけど……。
こんなあからさまじゃ、
「君はいつも分かりやすい視線を向けてるんだよ、知ってた?」
完敗。
最初の邂逅時以降、気づかれない程度にチラ見してたつもりだったけどバレてた。
「見られるのは構わないんだ。けど僕も君を見ていたいからそれは許してくれない?」
一部の台詞だけ聞くと愛の告白みたいな。
けどこれは〈横顔見ていい?だめ?〉って意味。
「私は……その……」
脳裏に中学生時代の苦い記憶が蘇った。
昔みたいにまた馬鹿にされるんじゃ?
見知らぬ人ならまだいい、けれど和泉さんにそんな目を、言葉を向けられたら耐えられる?
というかなんで和泉さんはそんなに見たがるんだ?
ぐるぐると頭の中で巡る。
それからしばらくして天丼が運ばれてきた。
天ぷら、おみおつけの良い香りが鼻をくすぐる。
今すぐにでも食べたかったが隣が気になってマスクがとれない。
結局、
「食事中の横顔まで盗み見るほど野暮な真似はしないよ」
と言われ覚悟を決めてマスクを外したのだった。
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