第3話 名前

半月後。

”相馬和泉“さんとの約束の日。


電車から降りて、下の広場へ。

噴水を背にして立つ彼の人物がいた。


黒髪センターパートの隙間からみえる額から、鼻、そして顎にかけてのライン。

溜息が出るほどの美しい稜線を描く。


……やっぱり、綺麗な横顔。


ぼんやり見惚れる。

彼がこちらに気づいて手を振り、

側に行くと爽やかな笑顔で出迎えられた。


「半月ぶりだね、小鞠さん」


んえ?!

ナチュラルに下の名前呼ばれたんですが?!


「あの、名前……」

「小鞠って、響きが綺麗で良い名前だよね」

「そ、そうですか?」


そんなの初めて言われた。


「花里って名字と合わせて古風な美しさがあって、好きだな。口ずさみたくなる感じで。だから小鞠って呼ばせてよ」


なんの躊躇もためらいもなく素敵な名前と褒められ呼びたいと、そう言われてしまえば。


「ど、どうぞ……」


陥落。

会うの2回目なのに名前ってどうなの、という言葉はあっさりひっ込んでしまう。


「小鞠さんも名前で呼んでよ」

「え」


そ、それはまた違う話では?!

呼び名問題を回避するため、「そういえばバスの時間」と話を変えバス停へ足を向かわせる。

暫く何も話さず歩いていたが、横の彼が口を開く。


「今日はそういえばマスクだね」

「……風邪気味なので」

「そう」


なんだか少し残念そうな音が聞こえたが、それ以上話が続かないことに安堵する。


……本当は風邪なんてひいてない。

横顔見られるのが嫌、だっただけ。

私はマスクに手を触れて顎をしっかり覆った。


彼の横顔はいくらでも見ていたいくらい綺麗だけど、私は見ていられたものじゃないもの。


少しうつむいてしまった私の耳に、近づき囁かれる声。


「ねえ。和泉、って呼んでほしい」


耳を抑え、彼からばっと離れる。

その話題、まだ続いてたの!?


目と目がかち合い、思わず顔をそらす。

この整った相貌の御方に言われると思わず頷いてしまいそう。

でも会って間もない人を下の名前で呼ぶなんてハードル高すぎる。


「そ、相馬さんさすがにそれは」

「和泉ね」

「勘弁してください……」


「君に名前で呼んでほしいんだ」


ポストカードの時と同じで全然諦めそうにない。

聞こえないふりして歩いてても視線が。

……し、視線が。


「う、い、いず、和泉さん」


時間をかけて噛みまくって名前を呼ぶ。


「うん。小鞠さん」


満足そうな顔だ。

なにこれ、名前で呼びあうなんてこ恥ずかしすぎるんですが。












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