第2話 画になるひと

手を引かれ、展示室2の中に入る。


〈横顔観察宣言〉におっかなびっくりしていたが、警戒は杞憂に終わった。


彼は、じっと目の前の絵を見つめている。

その目は真剣そのもの。

隣に人がいることなんて忘れているみたいだ。


ふう。

そっと心の中で安堵の溜息をつく。


ちらりと横の彼をうかがう。

額縁に飾られた50号キャンバスの絵の前で、

魅入られたように動かずにいる黒髪の彼。


白いブラウスに黒のスラックス。

上にはステンカラーコートを羽織った綺麗めなコーデ。

頭の上から爪先まで洗練された雰囲気。


(……画になるひとだなあ)


最初は横顔にばかり注目がいっていたけれど、

こうしてみるととても綺麗な人だ。


彼は私の視線を気にすることもなく、一枚の絵に視線を注ぎ続けている。


私も気になってその絵を見た。

(……なんて眩い、光)

展示室2は企画展で特集された画家の晩年の作品が並ぶ。

青年期の穏やかさとは一変した作風にギャップを覚えた。


一歩後ろに下がって見てみたりして。

しばらくその絵から離れることができないでいた。



展示室1と倍の時間をかけて見終え、出口付近へ。

そのまま販売コーナーへ向かう。


お目当てはポストカードだ。

気に入った作品がないか探す。

……あ。

あるポストカードを手に取る。


「……『眩耀』」

ぽつりと呟く声。

右横を見上げると、こちらを向いていた彼と目があった。

「僕も、気に入ってる」


やっぱり、そうだろうな。


「後期の作品は新鮮味は感じられないけど、生の意思が感じられてとても好きなんだ。特に『眩耀』は絶望の中でもがきながら手にした光のようで」


希望、みたいな?

……解釈違いだ。


「おや、その顔は意見が合わない感じ?」

口を歪ませる彼。

いけない、顔に出てた。

さっと顔を隠すように下をむいて別のポストカードを手に取る。


……なんか、視線が刺さる。


そろりとうかがうと『眩耀』のカードが差し出された。


談義がしたくてたまらないんだ……。

私はカードを受け取ってその絵を見た。

えっと、と私は頭の中をまとめる。


「私には、到底追いつけない光みたいに感じました。ずっとずっと先を行く、眩い背中みたいに。それは少し絶望にも似ていて」


だから、少しだけ胸が苦しかった。


「絶望ね……正反対だ」


……作品に随分と思い入れがあるみたいだし、違う意見は気分を害してしまうかな?

びくびくとしていたが、


「うん、いいね」

不思議と彼の声は弾んでいた。


「ねぇ、次の企画展には来る予定?」

「えと、はい。来るつもりです、けど……」

「僕と一緒に行こうよ」


え?


困惑している私をよそに、話がどんどん進んでいく。

気がつけば、連絡先を交換して彼は「またね!」と手を振って去って行った。


私は手元のスマホの画面を見る。

“相馬和泉”


嵐のように襲来し、去っていった彼。

ーーえ?また、会うの?

呆然と私は立ち尽くしていた。







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