1‐14

「どうだ! 無事に確保してきたぞ!」




 成人男性ではとても入れないような狭い路地裏の、建物の隙間とでも言うべき場所からそんな声が聞こえてきて、意気揚々と顔を全身を埃まみれにしたベオが待っていたルクスの元にやってくる。


 その腕には子猫が抱きかかえられていて、まるで母親の元にいるかのように安らかな寝顔を浮かべている。




「後はこいつを依頼主に持って行って終了だな。まったく、簡単な仕事だ」




 胸を張って、上機嫌にそんなことを言う。




「お、今日もやってるな、猫探し」




 表通りに出ると、道行く通行人がそんな風にルクス達に声を掛けた。




「はい。何かあったら相談してください」




 ルクスがそう返事をすると、男は笑ってその場を後にした。どうやら、本気だとは思われていないらしい。


 さて、この新ギルド通称『猫探し』だが、それは他人が勝手に呼んでいるだけで、今はまだ名前はない。




 加えて別に猫探しばかりをしているわけではなく、ギルドを設立して働き始めてから今日で十日になるが、猫探しの仕事は四件目だ。それ以外の逃げたペットや迷子の捜索も加えると実に仕事の半分以上ではあるのだが。




「今夜の夕飯はどうする? サンドラさんのところに行く?」


「……んー、まぁ、そうだな」




 ベオが悩みながらそう答えた。


 そんな雑談をしながら依頼主のところへと向かう。二階建ての一軒家を持つ、それなりに裕福な家庭の夫人がそうだった。




「まぁー、ちゃんと見つけてくれるなんて、噂になるだけのことはあるわねぇ」




 上品な服に化粧を施した女性は、ルクス達から猫を受け取ると、早速それを家の中に運んでいく。


 それから報酬の入った袋を丁寧に手渡してくれた。




「少しおまけしておいたわ。これで美味しいものでも食べてね」


「あ、ありがとうざいます……」




「うちのガミュラちゃんが逃げだしてどうしようかと思ってたら、お友達が貴方達のことを言っていたことを思い出してね、それで依頼してみたんだけど、正解だったみたいね」




 夫人は猫が見つかって上機嫌なのか、玄関先で長々と世間話をしはじめる。屋敷で働いていたころから思っていたのだが、女性のこういった話は妙に長い。




「でも、本当に一日も経たないで見つけてくるのね。やっぱり、獣人はそう言う適性があるのかしら?」




 ベオを見下ろしながらそう言うが、彼女は何も答えない。何でも姿形こそ獣人ではあるのだが、本来は違う種族らしい。


 しかし、実際に迷子探しにはベオの力が多大な貢献をしてくれていた。


 何しろ小柄で運動能力のある彼女は狭いところも高いところもすいすいと進んでいってしまうのだ。加えて、何故か動物などにも好かれやすい。




「でも本当に気を付けないと……。最近、ペットが逃げだしやすいみたいだし」


「そうなんですか?」




 幾つかそんな依頼は受けたが、それは初耳だった。とはいえ実際、不自然に失せもの探しの依頼が多いのも事実だった。




「ええ、うちのガミュラちゃんもそうだけど……。急に何かに怯えたように逃げ出してね、この辺りだと小型の魔物をペットにして飼っていることも多いでしょう。そっちの子達は窓や扉を壊して逃げちゃうこともあるみたいで。でも貴方達みたいな子がいれば安心ね」


「あはは……」




 仕事が増えるのはいいことだが、そう言う問題でもない。返答に困って、結局愛想笑いを浮かべることしかできなかった。


 それから数分ほど談笑と言う名の一方的な会話が交わされて、満足した夫人は家の中に戻っていった。




 ルクスとベオは踵を返して、次の依頼人と会うために集合場所のサンドラの店へと向かって行く。『猫探し』は小さな問題を解決してくれる子供達として、西区ではちょっとした話題になっていた。




「……ふむ」


「ベオ、顔拭いた方がいいよ」




 懐から布を取り出して、ベオの顔に付いた埃をごしごしと拭う。




「んぐっ。妙な話だな」




 顔を拭かれながら、ベオがそんなことを言う。周囲を行き交う人々の視線が、微笑ましいものを見るような目になっているのは、お互いに気付いていない。




「妙な話?」


「ペットが逃げているという話だ。まぁ、私からしたら小型とはいえ魔物を飼うこと自体が馬鹿馬鹿しいのだが……奴等の感覚は鋭敏だ。特に、危機に関してはな」


「……危機?」


「ああ。杞憂ならばいいのだがな」


「グシオンもあるし、ここは大丈夫だと思うけど」


「……そうだな」




 二人はいつの間にか、サンドラの店の前に辿り付いていた。


 通りの向こうには、グシオンの支部が堂々と聳え立ち、大勢の戦士達がそこを行き交っている。


 二人は同時にそれに背を向けて、夕立亭へと入っていく。




 店内は昼食時ということもあってか、それなりの賑わいを見せていた。慌ただしげに注文を取り奥へとそれを伝えに行くエレナに小さく頭を下げて、テーブル席の一角に目を向ける。


 ルクス達が間借りしていて、常に予約状態にあるそのテーブルには、一人の男性が腰掛けていた。年齢はルクス達よりも大分上で、恐らくは四十か五十代ぐらいに見える。




 清潔感と高級感のある服装からして、それなりにいい身分の人物のようだった。


 男はルクス達を見つけると、自分から立ち上がって挨拶をする。




「猫探しのお二人で間違いありませんかな?」


「はい。では貴方が……」


「ええ。本日依頼のお話しをさせていただく、トーマス・フィンチと申します」


「トーマスさんですね。今日はわざわざ来ていただいて、ありがとうございます」




 ペット探しで実働するのがベオの役目ならば、こうして依頼主と話すのは主にルクスの役割だ。二人は並んでトーマスの向かい側に腰かけて、話を聞く。




「早速本題に入っても?」


「お願いします」


「実はわたくし、この西区の管理を行っているのですが」


「西区って……このミリオーラの西側ってことですか?」


「はい。ですがそれほど大層な話ではないのです。実際に街の運営に関わる権利を持っているわけではありませんので、要は意見を聞いて取りまとめる管理係と言ったところで」


「面倒な役割ということだな」




 ベオの指摘に、トーマスが苦笑いで頷く。




「……それで、お二人にお願いしたいこととは、ちょっとした調査なのです」


「調査?」


「はい。ここミリオーラや周辺の集落の畑から、食料を盗んでいく輩がいるという話を聞きまして……。ある程度の規模の組織で、どうやら人間の仕業のようでして」


「畑荒らし、ですか?」


「野盗の類ということだな」


「ええ、はい。それで、どうやらマルザの森で怪しい人物を目撃したとの情報がありまして、その調査をお願いしたいのです」




 ルクスとベオは互いに顔を見合わせる。


 実際に猫探しなどと呼ばれているが、二人はそればかりをやっていたわけではない。小規模ではあるが、荒事を解決したこともあった。


 なので依頼としては受けても問題はないのだが、直接そう言った仕事が入ってきたのは初めてのことだった。




「あの、そう言うのって僕達じゃなくてグシオンに頼んだ方が……」




 当然の疑問をルクスは口にする。




「それが、既に頼みに行ったのですが……もし野盗の居場所がわかれば討伐隊を派遣するとのことで、調査はしてくれないらしいのです」


「仕事は仕事だろう。来て数日で選り好みとは、先が思いやられるな」




 椅子から垂れた尻尾が、床を軽く叩いた。




「何でも今は付近で確認された大型の魔物の捜索と討伐に全力を注ぐらしく、他に割ける戦力がないのだとか」


「……大型の魔物」




 今度はベオの獣耳が、ぴくりと動く。


 先日のことを思い出して、ルクスも苦い表情を浮かべた。


 確かにあの魔物はまだ倒せていない。あの怪物がこの辺りに居るのならば、それは最優先で倒さなければならないだろう。




「それにも一理ありますので、こちらからは強く出れず……」


「わかりました。僕達でよければ、やってみます」


「おお、そうですか!」




 トーマスの顔が明るくなる。どうやらそのことでも、相当な心労を抱えていたようだ。


「本当に、助かります。グシオンが来るとなって、この街のギルドは殆どが廃業してしまいましたし、傭兵に頼むにも値段を釣り上げられてしまい……」




 どうやら、なかなか苦労しているようだった。




「あくまでも依頼は調査ですから、無理はしないでくださいね」


「とはいえ、別に蹴散らしてしまってもいいのだろう?」


「ええ、はい、それはそうですが……。獣人と言うのは、血気盛んですね」




 悪意なく、トーマスがそんなことを言った。


 ベオは一瞬不機嫌そうな顔になったが、どうにか堪えてくれたらしい。


 それからは報酬の話へと話題は変わっていく。




 この小さな前進が、ルクスにとって新しい出会いとなることを、今はまだ知る由もなかった。

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