1‐13
「あの子達、今頃何してるかねぇ」
ルクス達と別れてから三日後、ミリオーラの西通りに新たに開店した食事処、『夕立亭』のカウンターに肘を置きながら、サンドラがそんなことを呟いた。
店内では給仕の格好をした少女達が慌ただしく仕事をしており、それに気付いたのは偶然傍に通りかかったエレナだけだった。ひょっとしたら、サンドラはエレナに聞こえるように、そう言ったのかも知れない。
「ルクスさん達ですか?」
「ちょっと悪いことをしたかも知れないなんて思ってね」
時刻は午後を回り、一番忙しい時間帯を超えた。夜になれば酒場としてまた賑わいを見せるが、それまでは多少、余暇がある。
「あたしはあんた達を拾うだけで限界だったからねぇ。あの子の素性を考えたら、ここのオーナーもいい顔をしないだろうし」
エレナは顔も見たこともないオーナーとサンドラは旧知らしく、彼女が住む場所と職場を焼け出されて困っていると聞くや、すぐにここの女将として雇ってくれたらしい。
最初はサンドラ一人の予定だったのが、彼女の頼みによって、屋敷で働いていた使用人を何人か働かせてもらい、エレナもその一人だった。
広めの店内はテーブル席とカウンター席に分かれていて、エレナはカウンターの上を布巾で拭きながら、サンドラと話を続ける。
「……仕方ない、とは言えませんよね」
「……仕方ないことさ」
そう割り切れるのは、サンドラが酸いも甘いもかみ分けた大人だからだろう。
「どっちか片方ならともかく、獣人まで一緒じゃねぇ。何処で拾ってきたんだか……」
「さ、さぁ……?」
まさか剣に封印されていたのが出てきたとは言えず、お茶を濁しておく。それを知ったサンドラが告げ口をするとは思えないが、何にせよ、大勢に言って回るべきではないと考えていた。
「一応、屋敷にいた殆どの連中は行き先が決まったみたいだからね。旦那様も、親戚を頼るらしいし」
「それならよかったです」
となると、本当に行き先がわからないのは彼等だけということになる。
仕事ができないわけではなかったので、本人の生まれによる差別を除けば、何処かで何かしらの仕事には付けるだろうが。
「まぁ、もし店に来たら、一食ぐらいは奢ってやろうかね」
そんなことを、サンドラが呟く。
店の扉が勢いよく開け放たれて、件の二人組が現れたのはその直後の出来事だった。
「邪魔するぞ」
意気揚々と、褐色銀髪獣耳の幼女が店の中に入ってくる。その暫定的保護者である少年は、彼女の後ろを愛想笑いを浮かべながらやってきた。
「あんた達、無事だったのかい!」
「はい、お陰様で」
ルクスがそう返答して、奥のテーブルに二人が腰掛ける。メニューを見ながらうきうきしている少女の姿は、年相応そのものに見えた。
「あんたら、来るなとは言わないけど、お金はあるんだろうね」
「余計な心配は無用だ。この私が、無銭飲食などと言うせせこましい真似をするわけがなかろう。やるのなら、直接厨房から食い物を略奪している」
それはそれでどうなのだろうかと、エレナは心の中で突っ込みを入れていると、どうにかルクスが彼女の言葉を抑えて、サンドラに事情を説明していた。
なんでも新しい事業を始めたらしく、それで幾らかお金が入ったから、挨拶代わりにここにやってきたそうだ。
「その事業と言うのはなんですか?」
エレナが尋ねると、ベオがルクスの前にずずいと出てきて、懐から一枚の紙を取り出す。
そこには丁寧な文字で、『新鋭ギルド営業中。お困りの際には当方まで』と書かれている。どうやら、ルクスが書いたようだった。
「ぎ、ギルドって……」
無意識に視線が、グシオンの本部がある方を見てしまう。
「別にギルドが同じ街に二つあっても問題はないのだろう? なに、この程度の小さな同業者に目くじらを立てるような連中でもなかろうよ」
「あぁ、昨日話に聞いた猫探しってあんた達のことだったのかい?」
カウンターの向こうから、そんなことをサンドラが言った。
「猫探し? 確かに猫は探したが……」
「逃げたペットをあっという間に捕まえて見せたんだって? 飼い主の人と知り合いでね、随分手際がよかったって喜んでたよ」
「……まぁ、有名になったのなら別にいいか」
ベオは何やら不満そうに、テーブルに戻っていく。
残ったルクスは、サンドラと世間話をしながら、食事の注文を済ませていた。
「それでだ、一つ頼みがある」
「なんでしょうか?」
出来上がった料理を並べに行ったエレナに、ベオが声を掛ける。椅子に座ってこちらを見上げる姿は子供そのもので、思わず頭を撫でたくなってしまうが、それを堪える。
「この店の、この席を私達のギルドの窓口として借りたい。客を取るにも、外でと言うのは格好がつかないものでな」
「え、いや、そんな……。駄目ですよ、チラシぐらいは張ってあげますけど」
「ここで話をする際の食事代はしっかり払う。そして私達が有名になった暁には、店の宣伝もできるといいことばかりではないか。どうして拒否する?」
恐ろしいことに、このベオと言う少女は自分が言っていることの荒唐無稽さに、全く疑問を抱いていなかった。彼女の中では当然の如く有名になり、今語った通りに店を繁盛させてくれるつもりなのだろう。
「る、ルクスさんも何か言ってあげてください!」
「僕からもお願いします!」
そう言って頭を下げられてしまう。
ベオの言葉ならば子供の戯言と切って捨ててもいいのだが、ルクスにまでそう言われて、エレナではどうすることもできない。ただでさえ、彼には負い目もあるのだから。
サンドラに助けを求める視線を向けると、丁度厨房から出てきた彼女と目が合った。
「おお、女将! そう言うことだ、宜しく頼む! しかしこの料理は美味いな! 金があれば私専用の料理人として雇いたいところだ!」
そんなことをのたまって、ベオは愉快そうに笑っている。
これは雷が落ちても仕方がないと、エレナは目を逸らすが、サンドラが返した答えは意外なものだった。
「……別に客が少ない時なら使っても構わないよ。チラシも貼っといてあげる。ただ、間違ってもお天道様の下を歩けないような阿漕な商売はやらないこと!」
静かだが、迫力を感じさせる声でサンドラがそう言った。
「は、はい! ありがとうございます!」
ルクスの明るい声が店の中に響く。
それだけ聞いて、サンドラは何事もなかったかのように厨房へと戻っていった。
その後を追いかけたエレナは、大きなサンドラの背中に向かって声を掛ける。
「あの、よかったんですか……?」
「店の切り盛りはあたしに全部任されてるし、大丈夫だよ」
「いえ、そうじゃなくて……」
エレナの言葉を遮って、サンドラが続ける。
「どっかで妙なことをやられるよりは、余程マシだね。別にあたしに何か関係があるわけじゃないが……こういうのも、縁だろう?」
それを聞いて、エレナは何も言えなくなった。
サンドラとは、そんな人物だった。だからこそルクスの素性を無視して彼を雇い入れ、焼け出されたまだ年若い人達を限界まで面倒見てくれているのだ。
「後、これは単なる勘だけどね。あのお嬢ちゃんの言っていることが、本当になる気もするのさ」
そう言って、サンドラは夜の分の仕込みを始める。
それ以上はエレナも何も言わず、二人分の喧騒を除いて、夕立亭はいつも通りの時間を歩み始めた。
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