1‐12

 ミリオーラ西通りにある、グシオン・ギルドの支部。


 広々とした建物の一階部分は大勢の団員や、外からやってくる者達が集まるロビーであり、同時に仕事の斡旋をする受付でもある。




 ギルドは街に付くとその周辺を調査、または街の人々から情報を集め、それを依頼と言う形で仕事として纏める。


 大規模なものはギルド直属の兵団が行い、そうでないものはフリーの傭兵達がギルドから更に依頼を受けるという形で仕事を受け取ることができる。




 その受付カウンターの前で、ルクスに羽交い絞めにされながら、ベオは制服に身を包んだ受付嬢を睨みつけていた。




「どうして私達が仕事を受けることができんのだ! 確かに見た目はこの通りだが……その辺りのぼんくらよりは余程実力があるぞ!」




 とんでもない物言いだが、獣人の少女が騒いでいたところで、ここにいる者達は特に気にも止めていない。グシオンはこの街に来て日も浅いし、そう言う愚か者も居るだろう、程度の感想だった。




「いえ、ですから、獣人や……えー……特殊な生まれの方は、ギルドに所属する団員が同行しなければグシオンから依頼を受けることはできないと、そう言う規則ですので」




 恐らく、受付嬢はルクスが人造兵であることをわかっているのだが、敢えてそんな言い方をしていた。




「団員? そいつらは何処にいる?」




 ベオが辺りを見渡す。こちらの様子を笑いながら窺っていた野次馬達は、恐らく大半がフリーの傭兵だ。




「今は皆さん忙しい状況ですから。まだグシオンはこの街に来たばかりで、先日もちょっとした事件があったばかりですし」


「先日?」


「はい。ここから少し離れたところにあるヤルマ様と言う貴族のお屋敷が襲撃された事件がありまして」


「あぁ……」




 ベオはそれを聞いて納得する。




「ほら、今は人がいないみたいだから、一先ずは帰ろう」


「……むぅ……」




 ベオを説得するためにそう言っておいたが、実際は団員がここにいたところでルクス達に仕事を与えてくれるわけではないだろう。




「坊主、獣人にはちゃんと首輪付けとけよ」




 通りすがりの傭兵が、そんなことを言った。


 それを聞いたベオは目を剥いて男を睨みつけるが、彼は気にせずに人混みの中へと消えていく。




「ほら、ベオ」


「……ちっ」




 幸いというわけではないが、彼の言葉でベオは自分達がどう扱われているかを理解したのだろう。大人しくなり、ルクスによって引き摺られるようにギルドを後にする。


 ギルドの支部から出て行った二人は、その近くにあった広場の噴水の傍に腰を下ろす。正面に見える三階建てのギルド支部には、大勢の武装した傭兵達が出入りしていて、活気があった。


 時刻は夕方になり、空はいつの間にか赤く染まっている。




 噴水から水が噴き出して、小さな飛沫が二人の身体を濡らしていく。




「まったく、見た目によってここまで扱いを受けるとは! 実に腹立たしい! 腹立たしいが……」




 揺れる水面にベオは顔を近づける。


 三角の獣耳をぴこぴこと動かして、数秒間水辺に映る自分の顔を見つめてから、腕を組んで大きく頷いた。




「確かにこんな見た目の童女なら、そうもなるか……」




 と、勝手に納得していた。


「ふむ。しかし、この姿を改めて見て見たが、なかなかに可愛らしくなったものだ。流石私だ、例え姿形が変わろうとその美貌に一切の翳りなしだな」


「昔はもっと違う姿を?」


「ああ、そうだ。とても勇壮で美しい姿だったぞ。貴様など一目で圧倒され、私の下僕にしてくれと頭を下げただろうな」




 自慢げにそう言うが、ちんちくりんな今の見た目からはどうにも想像できない。




「これを機に色々と着飾ってみるのもいいかも知れんな。先程から街を歩いていて思ったが、今の世は随分と服飾に幅がある。それらを探してみるのも楽しそうだ」


「そのためにはまずお金が必要だけどね」


「……そう言えばそうだった」




 現実を目の当たりにして、ベオは項垂れた。




「……しかし、戦いを生業にするのはいい方法だと思ったのだがなぁ。貴様も英雄として身を立てられるし、私もその力を存分に振るえる。どうだ、いっそ何処かの兵団に所属するというのは?」


「兵団?」


「ああ、そうだ。あのギルドとか言う小さなものではなくてだな、ここも国であるからには、自前の軍を持っているのだろう?」


「騎士団があるけど、今はギルドに所属するより難しいよ。エレナさんが言ってた魔王戦役以来、力を失ってるみたいだから」


「だったら尚更人材を欲しているのではないか?」


「お金がないんだって。だから、力を失った騎士団の代わりにギルドが力を付けて、治安維持をしているの。貴族だって今はもう、殆どが最低限の戦力しか維持していないみたいだし」


「……なるほどな。結局そこに私達が行っても、同じ対応をされるということか。ギルドと言うのは他にはないのか?」


「あるにはあるけど……」




 国の力が弱まり始めてから、ギルドが乱立し始めた。しかし、今はもう力のある幾つかのギルドの影響力が大きすぎて、その支部がある近くには弱小ギルドが近寄ることは滅多にない。


 今しがた追い出されたグシオンは、それこそルクスでも名前を知っているぐらいの新鋭、大規模ギルドだ。




「……他も一緒か。この世界は戦い自体はあるが、それらをギルドが管理している。そして我々はそのギルドから仕事を受けることができない。……八方ふさがりではないか」


「うん、まぁ……」




 実際、ルクスはそんな状況で何年も生きてきた。英雄になりたいという夢を捨てればもう少しマシな生活はできたかも知れないが。




「うーむ……。そうとわかれば何とも目障りな。もういっそ焼き尽くしてやろうか」


「駄目だよ!」


「冗談だ、冗談! だが、実際問題私達を受け入れてくれるギルドが……」




 そこまで言って、ベオの身体が止まった。


 その視線は、正面の建物に今丁度掛けられつつあるグシオンの支部であることを示す看板に向けられていた。




「なぁ、小僧。ちょっと質問なんだが」


「うん?」


「ギルドってどうやったら設立できるのだ?」


「どうって……。一応、そこに規則は設けられてなかったと思うけど……。ただ、ある程度の規模になるとアルテウルの政府から公認として認められるはず……」


「では、作ること自体は容易いと」


「……うん、まぁ。ベオ、何を……」




 ギルドに付いては、ルクスも過去にどうにかギルドから仕事を受けられないものかと色々と調べたので、ある程度の知識は持っている。


 今しがたベオに言った通り、ギルドの設立には特に資格などは必要ない。敢えて言うなら、ギルドの本部となる建物があればいいと言ったところだろうか。そこに看板を掲げれば、誰だってギルドとして活動できる。




「なければ作ればいい! 私達が自分で仕事を持って来て解決すれば、余計なことであれこれ邪魔されることもないではないか!」


「無理だよ!」


「どうしてやっても居ないのに無理だと決めつける? ギルドの仕事と言うのは、大半が民草の願いなのだろう? だとしたら、それを解決し報酬を貰う権利は誰にだってあるはずだろうが」


「それはそうかも知れないけど……。そもそも同じ地域にギルドが二つもあったら混乱の元になるし、僕達に仕事なんか回ってこないんじゃ……」


「その辺りは工夫次第だろうが。なぁ、お前は英雄になりたいと大言壮語を吐く口ばかり達者で、ここの辺りは全く使っていない。少しは頭を動かせ」




 そう言って、ベオが人差し指でルクスの額を突く。




「……ギルド同士の仕事の取り合いで、抗争に発展したことだってある」


「望むところ。返り討ちにして、宣伝材料になってもらえばいい」




 ベオの中では完璧にその考えで固まっているようで、ルクスの意見を聞く耳も持っていない。




「できぬと決めつるからできぬのだ。そも、英雄として名を挙げたいのならば、そのぐらいのことはやって見せねばならんだろう」


「……う、そう言われると」




 そんな気がしてくる。


 ベオの勢いのある言葉に乗せられているだけなのかも知れないが、彼女の言葉が正しいのもまた事実だった。




「お前、単純だな。だが、そうと決まれば話が早い! まずは拠点の確保と行くか」


「拠点の確保って……?」


「私に考えがある。付いて来い」

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