君に手紙を

尾八原ジュージ

投函

 住んでるマンションの近くにかなり昔からやってるショッピングモールがある。郊外のモールらしくでかくて駐車場が広くて、いろんな施設がギュッとひとまとめになっているようなところだ。

 そこの三階に近隣ではたぶん一番大きなゲームセンターがあるのだが、その隅っこになぜかポストがいっこ、ポツンと置かれている。なんでもそのポストは霊界に通じていて、手紙を入れると死んだ人に届くらしい――なんて何かの漫画かアニメみたいな噂が、俺が小学生のときからまことしやかに囁かれている。

 まぁ、実際ポストは例のゲーセン内に存在している。ちゃんとした郵便局のじゃなく、どうやら昔、何かのディスプレイに使ったものが杜撰にもまだ残っているだけらしい。なのに絶妙な古び加減とか、ポツンと佇む怪しさとかで妙に意味深に見えるから、そんな噂ができた――そうに違いない、と思っていた。


 それにうっかり手を出してみたのはほんの出来心から、というか、結構傷心していたからだった。

 高校のクラスメイトが事故で亡くなった。俺にとってはそこそこ仲のいい女友だちで、そして恋愛的な意味で好きな子でもあった。

 別れはあまりに突然で、でも現実なんだということが日々、時間が経つにつれてじわじわと心に染みてきた。学校に行ってもその子の席はずっと空っぽで、SNSも更新されないしメッセージも届かなくなって、いつも通りの景色の中に彼女だけがいない。そういうことがとてつもなく寂しくて、でもみんなの前では恥ずかしくて泣けない。何日、何ヶ月経っても全然吹っ切れない。

 だから手紙を書いた。彼女に届くとか届かないとかはさておき、何かの形にしたら少しは気持ちがスッキリして、前に進めるかと思ったのだ。

「実はあみさんのことが好きでした。ちゃんと告白すればよかった。もう一度会いたい」

 そんな感じの手紙を書いた。正直すごい下手くそ、でも書いてたら勝手に涙が出てきて、ひとりぼっちでぼろぼろ泣いた。そうやってようやく書きあげたやつを封筒に入れ、ぎっちり糊をつけて封をし、無意味と知りつつ切手も貼った。そして、ショッピングモールの例のポストに投函した。


 それから、黒い影みたいなものを見るようになった。


 そいつは俺が寝ているといつのまにか枕元に立つ。黒い紙を切って作ったみたいに真っ黒で、顔立ちどころか輪郭もよくわからない。そして「立花くんいこうよー。いこうよー」って、一本調子の変な声で言いながら、寝たふりをする俺を延々揺さぶってくる。

「わたしだよー。あみさんだよー。いこうよー」

 そうは言うけど、全然彼女の声じゃない。まるで、小動物が無理やり人間のふりしてしゃべってるみたいな気持ち悪い声だ。

 寝る部屋を変えても、日中人がいるところでもだめだった。授業中にうたた寝してるときでさえ、そいつはやってきて「いこうよー」と俺を誘う。どうやら俺以外の誰にも見えないらしい。

 すっかり寝不足になった。

(どうしたもんかな)

 でもお祓いを頼む金も伝手もない。色々考えて、「もう一度手紙を出そう」と決めた。


「あみさん、ごめんなさい。俺は一緒に行けません」

 そんな感じのことを便箋に書いて、同じように封筒に入れて切手を貼り、ショッピングモールへ急いだ。これに効き目があればいいのだが。

 夏の日差しがカンカンに照りつける。徒歩十分のショッピングモールが異様に遠く思える。三階のゲームセンターの隅、俺はそこを目指して一直線に歩いた。ようやくショッピングモールの入口にたどり着き、あと少しで店内というところで、急に誰かに掴まれたみたいに足が重くなった。

 体のバランスが崩れる。俺は手紙を持ったままその場に倒れた。

 生ぬるい床に寝転がった途端、ものすごい眠気が襲ってきた。視界がどんどんぼやけてくる。

 周りの人が駆け寄ってくる。何か声をかけたり、肩を叩いたりしてくれる。館内放送。ざわめき。でも、何を言われているのかよくわからない。

 おぼろげになってきた視界に、黒いものが映る。なぜだろう、そいつが言っていることだけは、ちゃんと聞き取ることができる。

「いこうよー、立花くんいこうよー」

 そいつは気持ちの悪い声で誘いながら、俺の右手首をつかんで引っ張っている。周りの人たちは誰もそれに気づかないらしい。

 頭の中に濃霧を流し込まれたみたいに、だんだん何もわからなくなっていく。近づいていたはずの救急車のサイレンがふいに聞こえなくなり、その代わり、おれの手首を引っ張る黒い影がぐんと重たくなった。

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