21筋:撚代たる青年

 再会を喜び合った私たちは、落ち着くと都市に向けて歩き始めた。

 お高祖頭巾こそずきんを着け忘れてしまったので、絹糸のような髪は露出している。

 誰かに見つからないかと緊張しながらも、私はメグリトのあとを追いかけた。

 よくよく見ると、彼は腰から刀を下げていた。


「コヨリ、拾之都市から逃げるぞ」

「え? どうして?」

「この都市はもう長くはもたねえ。あんなところに居たお前が知ってるかは知らねえが、都市部ではいま崩壊が進んでいるんだ」

「大地の綻び……?」

「知ってるのか?」


 頷くとメグリトが、予想外のことを口にした。


「神の力が弱まってるとかで、各都市の大地に綻びが出来ているんだ」


 地震を起こしているのは拾之神トワ様だと、トバリは言っていた。

 だから、拾之神様が祀られている拾之都市だけで、大地の綻びが起きているのかと思っていたけれども……。


「拾之都市だけじゃないの?」

「地震が著しく起きてるのはこの都市だけなんだけどな」

「それじゃあこの都市から逃げたって、どうしようもないんじゃないの?」

「他の都市もまともな状態じゃないって聞いてるが、ここよりマシなはずだ。それに……お前の力が……」

「それに?」

「いや、なんでもねえ」


 メグリトの言葉の後半がよく聞き取れなくて聞き返したけれども、何故かはぐらかされてしまった。


「他の住民たちはもう逃げてるの?」

「ちょっとは逃げ始めてるやつもいるみたいだが、そんな多くないな。ひとのことを、奈落に落ちたから帰って来ないかと散々言いやがる癖に、あいつらはこの土地と心中する気か?」

「実家に戻ったの?」

「まあな。……悪かったな、コヨリ。お前があんな風に責められてるなんて、知ってたら……」


 どうやら彼は実家に戻ってから、私の悪口を聞いてしまったらしい。

 そこまで聞いて、私はふと気づいた。


「……メグリト?」


 かつて暮らしていた地域のひとたちと私の縁は、私が断ち切ってしまった。だから私は忘れられている。

 けれども彼は……。


「どうした?」


 振り返って私に問いかけるメグリトには、どうしてのだろうか?

 私との繋がりもなくしてしまっているのに、お母さんたちとは違って、私のことを覚えているのは何故?

 縁がないはずの実家に、どうやって辿り着けたの?


「メグリトは……私のことを覚えているの?」


 昔メグリトと糸が繋がっていた、右手の腕を撫でながら問いかける。


「なんだ急に? 覚えてなかったら、お前とこうやって親しく話してねえだろ」

「そ、そうよね」


 私はもうひとり、彼と似た状況の人物を知っている。

 トバリは私との繋がりの糸が薄くなっているけれども、私に強く依存しているようだった。

 撚代になった影響で糸が薄れてしまっているのなら、別の糸が彼を結んでいる影響で繋がりが保ち続けられているのだとしたら……。

 もしかしたら、メグリトも神様の撚代になってしまったのかもしれない。

 そう思って背筋がぞっとしたとき、彼が問いかけてきた。


「もしかして、俺とコヨリの糸が視えないのか?」

「う、うん」

「俺はさ……」


 俺自身もよくわからないけど、と断ったうえで、彼は語り始めた。


「奈落に落ちたそのとき、どうやら空中大陸の住民との縁が全部切れたらしい」

「……それは」


 謝罪しようとしたら私に、お前を責めてるわけじゃない。そう言うように、メグリトが手で私の言葉を静止する。


「その時、声が聞こえてきたんだ。助かりたかったら、糸を司る乙女がお前のために織った糸を掴んで這い上がってこい、ってな。だから俺は必死にその糸を掴んで、奈落から這い上がってきた」


『糸を司る乙女』……私をそう呼ぶ声を、ついさっき聞いたばかりだ。

 声の主は私たちが小さい頃から、すぐそばで守ってくれているのかもしれない。


「俺とお前の縁が続いているのは、俺を救ってくれた糸の影響かもな」

「それじゃあ説明にならないわ。私以外のひととも縁が繋がっているんでしょう? どういうことなのよ?」

「はは! なんだその言い方。まるで女房みたいんじゃんか!」

「ちょっと、からかわないでよ!」


 私たちはそんな風に、ふたりで和やかに都市へと歩みを進めていた。


 しかし、都市に到着する直前、私は足を止めた。


「コヨリ?」

「私、メグリトと別行動したほうが良いと思うわ」

「はあ? なんでだよ?」

「私はメグリトを突き落としたことになっているのよ? だから私が、あなたと一緒にいたら……」

「気にする必要ねえな、言いたいやつには勝手に言わしときゃ良いだろ」

「で、でも、この髪を見られただけで、石を投げられるかもしれないし……そうしたらメグリトだって危ないわ」

「はあ!? 石!?」


 私はメグリトに、これまで住民たちから受けた嫌がらせを控え目に口にした。


「ここのやつらはコヨリと縁が切れたからって、そんなクソみてえなことしてんのか!?」


 喜んではいけないことだけれども……。

 彼が怒ってくれることが嬉しくて、思わず苦笑してしまう。


「それにね。私はまだ他の都市に行くわけにはいかないもの。トバリも探さないと……」

「トバリか……探してどうするんだ? 一緒に他の都市に連れ出すか?」

「まずはトバリを止めないと。うまく行けば、この都市の大地の綻びも収まるかもしれないし」

「止める?」


 私はメグリトに、トバリが撚代と呼ばれる神の器になってしまったことを告げる。

 その上で、トバリを器とする神トワが地震を起こしていること、大地の綻びを作り出していることを共有した。

 メグリトは私の話を真剣に聞いてくれて、そして盛大に溜め息をついた。


「あいつが見つからない理由はそれか。ったく、知らないうちに随分と厄介な神に引っ掛かったな」


 神様が関わっているだなんて壮大な私の話を信じてくれなかったらどうしようと思っていたけど、杞憂だったようで胸を撫で下ろした。

 

「早く見つけて、地震をやめさせないといけないわ。あわよくば神様とトバリとの糸を切りたいけれども……」


 神様の糸が視えない今の私では、それすら難しいことだけども。

 でも、どうにかしてトバリから拾之神トワ様を引きはがさないと、いつか彼がトバリではなくなってしまう気がして怖くて仕方がない。


「……それは切って良い糸なのか?」


 思わぬメグリトの深刻な声色に、私の心臓がドキッと跳ねる。


「え?」

「神と繋がる糸が切れたとき、撚代はどうなるんだろうな。なんせ神の糸だ。ただじゃ済まないと思わないか?」

「……」


 トバリを逃さないとばかりに体中に張り巡らされた、神の糸を思い出す。

 あの糸をひとつでも切り取ったら、彼はどうなってしまうのだろう。

 私は彼の問いかけに答えることが出来なかった。

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