18筋:糸の檻
目が覚めると朝で、私はいつも通り森の家で寝ていた。
ただいつもと違って、起床直後からトバリがそばにいる。
彼があまりにも普段通りでいるから、最初はお社での出来事は、悪い夢でも見ていたのかと思っていた。
トバリがあんなにわけの分からないことをしでかすはずがないと、思いたかった。
けれども……。
「コヨリちゃん。家の外は危険だよ?」
家から出ようとすると、透明な障壁のようなものに阻まれて、出ることが叶わなくなってしまった。
こんなことが出来るのは……。
「トバリ、何をしたの!?」
「コヨリちゃんったら、危ないところをひとりでうろちょろするからぼく心配で……。しばらくこの家から出ちゃだめだよ?」
気絶する前の出来事は夢じゃなかったのだと、思い知らされる。
トバリを絡めとっていた
一時的に絡まっていたのか、それとも一時的に視えた現象なのか……。
気絶する前の彼の台詞からすると、トバリはトワ神と繋がりを保ち続けているはずだから、おそらく後者なのだろう。
きっと、この見えない壁も、トワ神の力によるものだと思う。
「私を閉じ込めて、トバリは何をするつもりなの!?」
「閉じ込めるだなんて。コヨリちゃんは他に行く宛もないでしょう?」
「それは……」
「だから、家で大人しくしていてね」
私と繋がるひとは誰もいない。そう自覚させるように、トバリが私と繋がる手首の糸を撫でている。
彼はこんなにも私を束縛しようとしているのに、私達の糸は色が薄くなっている。
いつ見えなくなってしまっても、おかしくないくらいに……。
「なんで、こんなこと……」
私は段々と、トバリのことが分からなくなってしまった。
私を家に閉じ込めて、どうするのだろう。
彼は神の器になって、何をしようとしているのだろう。
不安に感じてトバリを見つめると、彼は違う意味に捉えたらしく、苦笑した。
「心配しなくても、大丈夫だよ。いくら地震が起きても、ここだけは無事だから」
「どういうこと?」
絶対の自信があるように聞こえるトバリの口ぶりに、私は嫌な予感がした。
「まさか……地震を起こしているのって、神様なの!?」
「そうだよ。ぼくも協力している。トワさまだけじゃ自由に行動できないからね」
「どうして!? じゃあ大地の綻びも、神様のせいなの!? トバリも何かしているの!?」
「うん。必要なことだから」
トバリは何でもないように、淡々と肯定する。
気弱で泣き虫だった頃の彼の面影は全く見られず、平然としている態度が信じられなかった。
「何で!? なにが必要なことなのよ! 人が奈落に落ちて消えてしまっているのに!?」
「でもね、あいつら、いらないでしょう? コヨリちゃんを酷い目にあわせるし……。それに、この土地の糸もそろそろ限界が……」
「いらないなんて、そんなわけないでしょう! じゃ、じゃあ、小さい頃に世界の果てで地震が起きたのもっ……! 神様がやったこと? トバリは全部知ってたの!?」
過去のことを持ち出すと、ようやくトバリが動揺し始めた。
「ち、違うよ!! それは違う! たしかにあの地震もトワさまのやったことだけど……! あの頃のぼくは何も……っ」
「信じられない……」
トバリが本当に私の知るトバリと同一人物なのか。
神の器になってしまったことで神のような心を持ってしまったのか……。
もう、分からなくなってしまった……。
だって、私たちの間に繋がっていた糸は、もう殆ど見えなくなってしまっているのだから。
だから、私に触れようとしたトバリを、拒絶してしまった。
「コヨリちゃん……」
傷ついた顔をする彼を見ていると、やっぱりトバリなんだと思わせられる。
だから、拒絶したことに罪悪感を覚えたけれども……。
「……トバリは、本当に私の知ってるトバリなの? 神様の器になったから、別人になっちゃったんじゃないの?」
「ぼくは、ぼくのままだよ。それだけは変わらない。小さい頃からずっとコヨリちゃんと一緒にいる、ぼくのままだから……」
悲しそうに口にするトバリは、私が贈った組紐の感触を確かめるように触れている。
「……ちょっと出かけて来るね。用が済んだら、すぐに戻るから」
家から出ることが出来ないとは違い、彼は見えない壁をすり抜けられるようだった。
「トバリ! ここから出して!! トバリっ!!」
「絶対にこの家から出ちゃだめだよ?」
呼び止める私を残して、彼は出かけてしまった。
「……用事って、何なの……?」
呟く私の声に応えるように、大地が揺れる。
しゃがみこんでひとりで震えながら、地震が収まるのを待つ。
地震は神様が起こしていると、トバリが言っていた。
ということは……。
「もしかして、また大地の綻びを発生させているの? どうして、トバリ……」
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