17筋:彼に絡まる、神の糸
「トバリ……」
私がゆっくりと振り返ると、トバリがお社の入り口に立っていた。
人の気配はさっきまで確かになかったはずなのに、彼はいつの間にここにやってきたのだろう。
「まさかコヨリちゃんが、トワさまのお社に来てくれるなんて思わなかったよ。前もって分かっていたら、もっとうまく隠していたのに」
トバリが苦笑しながら、お社の中に足を踏み入れた。
少しずつ私に近寄ってくる。私は逆に後ずさりして、彼との距離を取った。
「これは何なの? 私が編んだ織物は、売り出したんじゃなかったの?」
「ごめんね。ぼく、コヨリちゃんに嘘ついていたの。見ての通り、本当は売ってなんかいないよ。心配しなくても、お金はトワさまが何とかしてくれているよ」
彼は愛おしそうに陳列された織物を撫でている。
「コヨリちゃんの編んだものが欲しい欲しいってトワさまがお願いしてくるから、ぼくだって欲しいのを我慢して捧げていたんだよ」
「さっきからトワさまって言っているけど、だれなの、それ……?」
「拾之神様だよ。このお社に祭られている、この都市の神様。この土地の糸の生成神」
「え……!?」
トバリは、拾之神様が糸の生成神だと語った。
昔おばあちゃんが語っていた節ではなく、森の家にあった書物に書かれていたのと同じ節を口にしている。
彼は一体、それを誰から聞いたのか……。
本当に神様から聞いたの? トバリは神様の声が聞こえるって言うの?
「トワさまのお願いを叶えたら、ぼくのお願いをお願いを叶えてくれるんだって。だからぼくは、一生懸命頑張ったんだよ。こうやってコヨリちゃんが編んでくれたものを持ってきて……」
「神様のお願い? トバリのお願い? なによ、それ……」
「トワさまの願いは、コヨリちゃんの作ったものが欲しいこと」
「どうして私の……?」
「だってコヨリちゃんは、運命の糸が視えるから……」
トバリは私の左手の手首を優しく掴み……そして、彼と私を繋ぐ糸を
彼にも、この糸が視えている!?
「っ!」
「コヨリちゃんは、神様の糸を織ることが出来るお姫様なんだよ?」
その時、私の指先が、知らない誰かが織った古い織物に触れた。
指先がちくっと痛みを感じたかと思うと、突然めまいがしてふらついてしまう。
頭がぐらぐらして、真っ暗で……倒れるかと思ったとき、トバリがいつもと変わらずに私を支えてくれた。
覚束ない視界を彷徨わせて彼を見つめると、見慣れていたトバリの姿が目に映り込んだ。
しかし、いま目に映る彼の姿は、いつもと様子が違う。
彼の体中には……首、手足、腕、胴体……至る所に、紺色の輝く糸が巻き付いている。
誰かとの運命の糸ではなく、まるでトバリを捕らえるために括りつけられた糸のようだった。
「トバリ……っ。なんで、そんな……そんな糸……!?」
「この糸? コヨリちゃん、この糸も視えるようになっちゃったんだね。視える前に色々と片付けようと思ったんだけどな」
彼はやたら滅多に纏わりついている糸を自覚しながらも、気にした様子もなく平然とした態度で語っている。
「ぼくはトワさまの
「より……しろ……?」
「神降ろしのための、器だよ。この糸はトワさまとぼくの繋がりの糸だから、危ないものじゃないよ」
「神降ろし!? 何言ってるの!? それじゃトバリ、あなた……!」
神降ろしは、その身に神を降ろすことで……。
それじゃあトバリは、人間じゃなくなるってこと!?
「どうして!? いつの間に……なんで……!?」
「安心して、コヨリちゃん。この力があれば、ぼくはずーっとコヨリちゃんと一緒にいられるんだよ」
混乱する私をトバリが落ち着かせようとするけれども、安心なんて出来るはずがない。
トバリは私を引き寄せて抱きしめた。
りん……と鈴の音が聞こえてくると、どうしてか私のまぶたが段々と重くなってきてしまった。
「どうして……? もしかして、また……私の……せい……?」
もしかして、私が運命の糸が視えるだなんて言ってしまったから?
メグリトと同じように私のせいで、トバリにこんな選択をさせてしまったの……?
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