16筋:糸の在り処

 都市に空いた穴……大地の綻びを初めて目の当たりにしてから、数日が経過した。

 相変わらず激しい地震が頻発しているけれども、トバリが言っていた通り、不思議なくらい森には何の異変も起きていない。

 私は今までと変わらず、森の家で平穏に過ごしているけれども……。

 ここもいつか崩壊するかもしれないし、普段は都市にいるトバリのことも心配だから、安心してはいられない。


「このままで良いのかしら……」


 不安を紛らわすために、家にある古書を手に取った。


「地震……地震ね……。昔は起きなかったのかしら」


 ペラペラとページを巡りながら、思考も巡らせていく。


「……見つからないわ。最近の現象なのだとすると、大地が出来てから時が経って……地面が劣化しているからとか……?」


 大地は神の力で成り立っている。……または、神の作った糸で出来ている。

 それなのに、劣化なんてするのだろうか。

 それとも……。


「糸に何か問題があるのかしら」


 そこまで考えても、答えは分からない。


「だめ。良くわからないわ。あわよくば奈落の底について、何か分かればって思ったけど、贅沢な願いだったわね」


 私は開いていた本を閉じると、以前見つけた書物を引っ張り出してきた。

 途中まで墨で書かれていて、途中から白紙の書物。

 いま改めてキラキラ光る紙を眺めていると、何か意味があるような気がしてならない。

 でこぼこしている紙の表面を撫でたところで、答えが出るわけもない……と思っていたけれども、ふとあることに気付いた。


「このでこぼこ……もしかして文字になっている? えっ? どういうこと?」


 よく見てみると、キラキラ光っている部分が膨らんでいる。


「これ、どうなっているのかしら……。ううん、そんなことはどうでも良くて、一体何が書いてあるのかしら」


 はやる気持ちを落ち着かせようとして、まず深呼吸する。

 そして、緊張する指先に神経を集中させて、ゆっくりと文字を読み取ろうとした。


「神の……糸……。だめだわ。これ以上は読み取りづらくて……」


 神様……。

 私はふと、都市に出かけた際に、トバリが神様のお社へとお参りに行っていたことを思い出した。


「……そう言えば、この近くにも神様のお社があるよのね。あそこも拾之神様を祀ったものだわ」


 年に一回の参拝のたびに訪れても様子が変わらないお社。

 誰が管理しているか分からないけど、きちんと手入れがされているようだった。

 初詣はいつも、トバリとそこのお社に行っていたけれども……。


「お社って、どうなっているのかしら」


 いつもは鳥居をくぐって、手水をとり、お賽銭にお金を投じて、お祈りを捧げて……それでおしまいだった。


「……。きっと管理人は誰もいないのだろうし、少しくらい様子を見に行っても良いわよね」


 一応神様の住まいに行くものだし……と思って例の外出着を着て身支度を済ませると、私は森の中にあるお社にやってきた。


「そういえばここ、メグリトの事件があった場所の近くなのよね……」


 今日行く場所はもちろん人目につく場所ではないので、お高祖頭巾こそずきんは着用していない。

 ちょっとの興味心をくすぐられてお社にやってきたのだけれども、きちんとお参りの手順を欠かさずに奥へと進んでいく。

 お賽銭を投じて、鈴を鳴らしたけれども、誰かが音に気づいてやってくる気配は見られない。


「やっぱり……誰もいないわよね」


 もう一度、カラカラ……と無意味に鈴を鳴らしてみた。

 鈴の音を聞いていると、ついこの間トバリに渡してあげたばかりの組紐のことを思い出す。


 まずは一周、お社の周りをぐるりと回る。


「こうやってちゃんと見るのは初めてだけれども……やっぱり手入れはされているみたい。定期的に誰か来ているのかしら?」


 この森の中では、基本的にひとと遭遇することはない。

 そう考えると、このあたりに来そうな人と言うと、トバリくらいしか思いつかない。

 彼は都市内のお社に参拝はしていたようだけど、このお社にひとりで来たことはあるのだろうか。

 こまめに私の様子を見に来てくれるから、まめな性格ではあるけれども……。


「トバリがお社のお手入れをしに来ているとか、想像つかないわ」


 結局周囲には誰もいないので、私は誰からの許可も得ずにお社の様子をうかがうことにした。


「失礼しまーす……」


 お社の扉を開いてみたものの、中は真っ暗だった。

 こんなこともあろうかとと思い、持って来ていたろうそくに火をつけて、お社内を灯し出す。

 すると、お社の奥のほうに、何かが大量に飾られているようだった。

 よく見ようと思って光をかざすと、そこには見覚えのある布のようなものが置かれている。


「え……これって……」


 奥へと駆け出して、飾られていたものをじっと観察すると、見覚えがある程度ではないことが分かった。


「これ……先月、私が織った織物だわ。え? これも……?」


 隣にあるものも、その隣にあるものも……奥の方にあるものも、いままで全部、私が織ったものだった。

 もっと奥の方に飾られているものは、私が織物を始めるよりももっと前と思える、古びた織物が飾られていたけれども。

 手前のものは全部、私が知っているもので……。


「……まさかこれ、全部トバリがここに?」


 どうしてこんなことを……?

 そう呟いた瞬間、りん……と涼やかな音が響く。


「ああ、コヨリちゃん。来ちゃったんだね」


 背筋がぞっとして動けないでいると、入り口の方からトバリの声が聞こえてきた。

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