15筋:組紐

 気づけば、地震は収まっていた。

 けれども、大地にぽっかりと開いた穴は、閉じられてはいない。

 地震によって裂けてしまった大地の切れ目からは、数多の糸がほつれたように垂れ下がっている。


――大地の糸。

 かつておばあちゃんが語ってくれた伝承で、そして……隠れ家の書物にも書かれていた存在。


「本当に、この大陸は糸で出来ているのね……」


 呆然と糸を眺めていると、トバリが私の腕を掴んで立ち上がらせてくれた。


「コヨリちゃん、誰かに気づかれる前に逃げよう。こんなことが起きたんだ。ここにいることを知られたら、また何て言われるか分からないよ」

「そう、ね」


 私はすでに、メグリトを奈落に突き落とした犯人だと思われている。

 だから、大地に出来た綻びによって住民たちが奈落に落ちてしまったことも、私のせいにされる可能性は否定できない。


 後ろ髪を引かれる思いをしながらも、私たちは急いで拾之都市から逃げ出し、人目に触れないように注意しながら隠れ家のある森まで戻ってきた。

 心配したトバリが家まで送ってくれたので、気持ちを落ち着けるために二人でお茶を飲んでいる。


「いままで、都市に穴が開いたことはあったの?」

「……何回かね。誰かが穴のことを『大地の綻び』って呼んでいたよ」

「一体何が起きているのかしら……」

「コヨリちゃん、怖いの? ここにいれば大丈夫だと思うよ」

「どうしてそう思うの?」

「だって、森に綻びは出来ていないでしょう?」

「そうね……」


 トバリの言う通りだ。

 普段の行動範囲が森の中で留まっている私は、大地に綻びが出来ていることに今まで気づかなかった。


「都市の中だけで崩壊が起きているのかしら? 地震のせいだと思ったけれども、地震は森でも起きているのよね……」

「この家から出なければ良いんだよ。そうすれば、コヨリちゃんは安全だよ」


 トバリは森での安全を主張すると、私の腕にすがりつく。


「安全だなんて。そんな保証ないじゃない」


 森が安全とは限らないと思う。都市が崩壊しきったら、もしかしたら次は森が崩壊していくかもしれない。

 それに……。


「例えここが安全でも、トバリが巻き込まれでもしたら……」

「心配してくれるの?」

「当たり前でしょう!」


 私は怒っているのに、彼は妙に嬉しそうに微笑んでいる。


「もう。どうしてそんなに笑っているのよ」


 私は気を取り直すために溜め息をついて、組紐をしまっていた小箱を取り出した。


「そうだわ。トバリ。はい、これ」


 せっかく家に来てくれたのだし、とても楽しみにしてくれていたのだから、出かける前に出来上がったばかりの組紐を小箱から取り出して彼に渡した。


 メグリトの話題を出したときのトバリの反応を考えると、私用の三色の組紐は彼に見せない方が良い気がする。

 ふたつ一緒に小箱にしまっていたけど、もうひとつの組紐は見つからないようにすぐに蓋をした。


「わあ! 約束通りに組紐作ってくれたんだね。ありがとう!」


 受け取ったトバリは、心から嬉しそうに組紐を両手で優しく包みこんだ。

 銀色の糸で組んだ紐を、彼はどこに使うのだろう。

 様子を伺ってみると、トバリは懐から小さな鈴を取り出して、組紐にくくりつけた。

 それを袴を留めている角帯の上で結ぶと、彼は嬉しそうにくるりと一回転する。


 りん……と清廉な音が響く。


「てっきり羽織紐にするのかと思ったわ」

「季節ものにつけちゃうと、着ない時期に触れなくなっちゃうでしょう?」


 そう言って、彼はとても嬉しそうに顔をほころばせた。


「これはぼくのもの。コヨリちゃんからもらった、ぼくだけのものだよ」

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