14筋:千切れ始めた都市の糸

 大きく鳴動する大地に、みんなが身動きが取れなくなる。


「メグ……っ」


 トバリの腕を解いてメグリトの面影がある青年に向かって駆けだそうとしていた私は、つまずいて地面に倒れそうになってしまう。

 そんな私をトバリが慌てて抱き留めてくれた。


「コヨリちゃん! どこに行くの? 危ないよ!」

「で、でも……」


 建物の倒壊の恐れがあるような強い地震で、彼が危険だと注意を促すのも分かる。

 でも、私はメグリトに似た彼が気になって、青年が歩いて行った方向を見つめたけれども……彼の姿はもう見えなくなっていた。


「メグリト……じゃなかったの……?」


 私が呆然と呟くと、トバリは何故か傷ついたような顔をして、地震が続く中で私の肩を掴んで揺さぶった。


「コヨリちゃん、しっかりして! メグくんは奈落に落ちたんだよ! もう戻ってこれないんだよ!」

「そんなこと……っ! そんなこと言わないでよ!!」

「……でもっ」

「もしかしたら、戻ってくるかもしれないじゃないの……!」

「っ! コヨリちゃん……!」


 トバリが悔しそうな声色で、私を抱きかかえてくる。

 どうして、そんなに絶望に満ちた表情をしているんだろう。

 メグリトが生きているかもしれないのに、トバリは嬉しくないの?

 もしかしてトバリは、メグリトが嫌いだった……?


 私はずっと、「メグリトが生きていたら」とトバリが思っているのだと感じていたけれども……。

 もしかして、そうじゃないの……?

 トバリが何を考えているか分からなくて、私は突然彼のことが恐ろしく感じてしまった。

 だからかもしれない。抱きしめて地震から守ってくれていたトバリのことを、私は突き飛ばしてしまった。


「……あ」

「コヨリ……ちゃん?」


 今まで、私はトバリを拒絶したことがなかった。

 私を頼って甘えてくれる弟のように思って、彼がなすことを受け入れていたけれども……。

 私が突き放したせいか、彼は絶望した眼差しで私を見つめてくる。

 泣きそうで、誰からも見捨てられて孤独になってしまったような悲観さを醸し出したトバリに、私は罪悪感を募らせた。


「ご、ごめんなさい……。トバリのことが嫌になって突き飛ばしたんじゃないのよ」

「……ほんとう?」

「ええ。ただ……意見が合わなかっただけだもの……」

「……そうだね」


 トバリが私の左手首をぎゅっと掴んだと思うと、虚ろな目で遠くを見つめ始めた。

 そうしている間にも、地震は大きくなっていく。


「この地震、なかなか収まらないわね」

「……そう、だね……」

 

 私の腕を掴むトバリの手が震えていた。


「……あの時みたい」


 私の足元に亀裂が入って、私を助けるためにメグリトが奈落に落ちてしまった、あの地震のように……。

 足元がおぼつかなくなって、私は地面にしゃがみこんで手をついた。


「コヨリちゃん、またメグくんのことを考えてる?」

「え、どうして……」

「分かるよ。分かるんだ……」


 その時、バキバキと地面に亀裂が入る嫌な音がした。

 トバリのあまりにも悲痛な表情のせいか、亀裂音はトバリの心が悲鳴をあげたようにも思えてしまう。


「だってぼくは、コヨリちゃんが好きだから……」

「……それは」


 それは、幼なじみとして? それとも……別の意味があるの?

 熱がこもった瞳で私を見つめるトバリの視線から、私は思わず目を逸らした。

 こうやってトバリと接していると、彼の思いを勘違いしてしまいそうになってしまう。

 すると、彼がショックを受けたように息を飲んだような気がした。

 私は、トバリの心を傷つけるつもりじゃなかったのに……。


 地震もなかなか収まらない。いつもなら、もう揺れが止まっていてもおかしくない頃合いなのに。

 都市にいる誰もが、いまだに続く揺れに不安を感じて、身を寄せ合ったり、喚いたりしている。


 その時、かつて私が世界の果てで耳にした、バキバキと言う不安な音が響くと同時に、大地が上下に激しく揺れた。


 そして、私たちの目の前の大地が、糸がほつれるように崩壊した。

 文字通り……地面が下方へとたわんだと思うと、糸状になって解けてしまった。


「きゃあああ!!!」

「うわああああ!!!」

「な、なんだこれ!?」


 私たちの目の前にいた人たちは、みな崩壊に巻き込まれて……。


「うそ……!」


 地面に出来た大きな穴に吸い込まれてしまい、あっという間に奈落の底に落ちていった。


「っ! た、助けないと!」


 はっと我に返った私が奈落の底を覗き込もうとすると、トバリが静止した。


「……どうやって助けるの?」

「あの時みたいに、糸を使えば、まだ間に合うかも……!」

「だめだよ。絶対にだめ」


 トバリが私のことを、後ろから抱きしめてくる。

 耳元から聞こえる彼の声は、今まで聞いたことがないくらいに、とても冷たく聞こえた。


「コヨリちゃんは、知らないひとたちを助けるために……誰と誰の糸を切るの?」

「あっ」

「……今度は、ぼくとコヨリちゃんの糸?」

「……それは……っ」


 無感情に聞こえる声色だけれども、私に縋りついてくる腕からは必死さが感じられる。


「いやだ。ぼくとの糸は、切らないで……」


 そんなこと言われるまでもなく、これまでずっと一緒にいた大事な幼なじみのトバリとの糸を、切るわけがない。


「そんなの、当たり前じゃない」

「……よかった」


 安心したように息をつくトバリの声に、温度感が戻った。

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