12筋:かつて切れてしまった、糸の痛み
「うん。良い出来ね!」
あれから数週間かけて、組紐を作り終えた。
銀の糸で編んだトバリの分と、せっかくなので紺と朱と銀の三色で編んだ私の分も作った。
それに……もうひとつ。
「……これは……しまって置こう」
朱色の糸で編んだ組紐を箪笥の奥にしまうと、私は都市に出かける準備を始めた。
「外行き用の服は……と。せっかくだから、トバリが用意してくれたのを着ようかしら」
トバリが前に買ってきてくれた余所行き用の着物を手に取って、着付けを始める。
清楚感があるけど同時に活発的な明るい水色の着物に、上等な銀色の鳥の刺繍が施された紺色の半幅帯。
薄桃色の手鞠が描かれている小紋で、トバリが「絶対にコヨリちゃんに似合うよ!」と言って持ってきてくれた。
普段着のはずだけど……。
「肌触りも良いし、妙に凝っていて高そう……。本当に私の織物の売上だけで足りたのかしら? 嬉しいけど、トバリったら無理してないわよね……」
トバリのお財布事情を心配しながらも、最後に私が編んだ紺と銀の混色の組紐で帯を留めた。
「……思ってたより、似合うわ」
衣装に着られてしまうかと思ったけど、姿見の前に立って確認してみると、そんなことはない。
トバリが言っていたように、私の髪色とびっくりするくらいに良く合っている。
「都市にいる、普通のおしゃれな女の子みたい」
普通に見えることが、なんだか少しくすぐったく感じる。嬉しくて、思わず鏡に向かってひとりではにかんだ。
「それにしても、こうして見ると……」
トバリの髪と同じ紺色の帯に、彼が良く纏うのと同じような清楚感のある着物。
くるっとひと回りしてみたけれども……。
「まるで、トバリを意識してるみたいな配色よね」
これを着てふたりで連れ立って歩いていたら、変に勘違いされてしまうかもしれない。
「ま、今日はひとりで行くし、髪もこうやって隠してしまうけどね」
仕上げに髪を頭頂部で結い上げて、紺色のお
少しだけ、悲しさが増してきた。
「……うん。ちゃんと隠せているわね」
これから向かうのは、拾之都市の中でも私が暮らしていた地区から少し離れた、古書店が集まる地域。
メグリトの件を知っている住民はそんなに居ないかもしれないけれども、奈落の底に落ちた少年の噂話くらいは聞いた人たちがいるかもしれない。
老婆のように真っ白な頭髪の少女が、少年を世界の果てから突き落とした……なんて噂を。
私が暮らしていた地域のひとたちの多くは、私の顔まではハッキリとは覚えていないと思う。
それにあの時から私も成長して、少しは顔立ちも大人っぽくなっているから……。
だから最悪は、私の顔を真正面から見たメグリトのお父さんと私のお母さんにさえ会わなければ、きっと騒ぎにはならないはず。
他のひとに私の顔は見られても大丈夫だろうけれども、目立つ髪色を見られるの危険だから、こうやって頭巾で隠すしかない。
「……髪の毛、あんなに私の自慢だったのにな……」
トバリに売ってもらった織物の売上金のいくつかを巾着袋に詰め込んで、都市に向かった。
少し冷え始めて来たこともあり、頭巾で頭を覆っている私のことを、誰も気にしていない様子だった。
人々の往来に自然と紛れ込むことが出来て安心する。
いくつか古書店を回ってみたけれども、私が探しているような奈落の底に関する書物は取り扱っていなかった。
「コヨリちゃん……!」
私を呼ぶ聞き慣れた声に振り返ると、トバリが驚いた顔をして立っていた。
驚きの中にどこか嬉しそうな雰囲気を出していた彼は、慌てて手で口を塞ぐ。
「トバリ? どうしたの?」
トバリは不安そうに周囲をキョロキョロと見回すと、私の手を掴んで逃げるように裏路地に向かった。
「コヨリちゃん、どうしてここにいるの!?」
ようやく足を止めたトバリは、壁に手を当てて私を建物の壁に追い詰めた。
顔が近いと言いたいところだけど、彼の必死で不安そうな表情に思わず怯んでしまう。
トバリは少し、怒っているようにも見える。
「し、調べ物があったのよ。だから古書店に行ったんだけど、見つからなかったわ……」
「ぼくに言ってくれれば、なんだって探してあげる! だからこんな危ないところに来ちゃだめだよ……!」
「危ない? そんなこと……」
「そんなことあるよ! コヨリちゃんだってバレたら、またあいつらに酷い目に合されるかもしれないよ!」
トバリが切実な表情で私に訴えて来る。
あまりにも鬼気迫った気迫でせまってくるものだから、私は思わず怯んだ。
「……っ。それは、そうかもしれないけど……」
「ぼく、コヨリちゃんが誰よりも大切なんだ……!」
メグリトが落ちてしまった後、私は拾之都市の住んでいた地区の住民たちに酷く傷つけられていた。
彼らから「お前が奈落に突き落としたメグリトの痛みを思い知れ!」と口々に罵られ、体罰を受けていた。
拾之都市のひとたちは、仲間に対しては優しく親切で、穏やかだ。
けれども、身内を傷付けたであろう見知らぬ子どもに対しては、異様に苛烈だった。
例え、かつては縁があったとしても……彼らはもう覚えていないから……。
「もう、あんな目にあって欲しくないんだよ!」
「あんな目……」
トバリはそんな私を見ていられなくなって、密かに連れ出してくれた。
だから彼が言いたいことも良く分かる。
そこまで言われて、私はようやくあの時の出来事を深刻に思い出して、身震いした。
「うん……」
「ぼくが心配していること、分かってくれた?」
「心配かけてごめんね……トバリ」
真剣な表情で私の顔を覗き込むトバリに、私は頷いて彼の袖をぐいっと掴んだ。
ここに来る前は頭髪がバレなければ大丈夫だと楽観していたけれども、昔のことを思い出して今更ながら不安になってしまった。
「コヨリちゃん……」
小さな頃不安そうにしていた彼を抱きしめてあげていた私の真似をするように、トバリが私をぎゅっと抱きしめてくれる。
「コヨリちゃんは、ぼくがずっと守ってあげるからね」
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