11筋:気持ちを込めて糸を編む
「持って行く商品はこれで全部?」
「うん。よろしくお願いします」
「ぼくに任せて」
家にある機織り機で作ったいくつかの織物を、トバリが背負って自信たっぷりに微笑んだ。
あのあと、私を困らせたことを精一杯謝罪したトバリに、盛大に甘やかされてしまった。
掃除したり、肩たたきしたりはまだしも、今度は逆に私に膝枕しようとしたり……。
もう謝罪は伝わってるから良いと何とか断って、ようやく今に至る……。
背負いきれなかった荷物は、トバリが手に持っている。
「コヨリちゃんの編んだものは、みんな綺麗だよね」
籠の中に入っているのは、色とりどりの組紐。織物と違って、組紐は私が手で編んでいる。
とりわけトバリが手にとって眺めているのは、私の髪と同じ絹糸のような色だった。
そんなに私の三つ編みが恋しくて仕方がないのかと、思わず苦笑してしまう。
「そんなに気になるなら、トバリの分も作ってあげるわよ?」
「えっ? ほんとう?」
「だっていつもお世話になっているもの」
「わああ。嬉しい! 楽しみにしているね」
私の三つ編みからは卒業して、組紐を愛でてくれると良いな。……それはそれで寂しいけれども。
なんてことを思いながらも、私は嬉しそうに都市へと帰って行くトバリを見送ろうとしたとき――
「きゃっ!?」
「地震!?」
グラグラと大地が激しく揺れた。
いまだに地震がやってくると、あの時のことを思い出して体が恐怖に震えるのを感じる。
足元が崩れてしまいそうな気がして、足がすくんでしゃがみこんでしまう。
私たちが奈落に落ちて行かないなんて保障がないことは、何年も前に地震によって思い知らされてしまった。
私の様子に気付いたトバリが慌てて戻ってきて、地震が収まるまで介抱してくれた。
「コヨリちゃん、なんともない!?」
「う、うん」
「本当に? 怖くない?」
「大丈夫よ……」
私自身でも、何となく顔色が悪いような自覚がある。
それでも後ろ髪を引かれる様子のトバリを何とか見送り、私は家の壁にもたれかかった。
「こんな事じゃだめだわ……」
ひとりでも暮らしていけるように、私はもっと強くならないと……!
トバリが帰ってからは織物の仕事を終えた。
そして……。
「奈落の底について、調べないと……」
この家には古い書物、特に伝承に関連するものが大量に保管されている。
和綴じ製本されたそれらの本の紙の状態はあまり良くないけれども、いくつかは読み取ることが出来る。
中身をめくってみると、手書きで記された書物には私たちが知っているのとは違うことが載っていた。
「この大地は、十の神々の作り出した糸で出来ている。糸は大樹に絡みつくことで、空中に存在を保っている」
おばあちゃんの言い伝えでは、『十指神様の大樹』から繋がる糸を、神々が編んで大地を作ったと言っていた。
しかし書物には、糸を作り出したのが大樹ではなく神々だと書かれている。
些細なことかもしれないけれども、この古書と言い伝えが、微妙に違う。
そして、ここからの記述は初めて聞いた内容だった。
「神の糸は、神に選ばれた乙女にしか編むことが出来ない。大地の元となる糸を作り出したのは神々だが、編み出したのは乙女の力によるものだ」
この書物が本当のことを書いているのであれば、空中大陸を作ったのは神々だけではなく、選ばれた乙女の力もあったということ?
じゃあその乙女は、空中大陸が出来る前はどこに暮らしていたんだろう。
昔は、この下に乙女が暮らしていた大地があったということなのかな……?
……空中大陸の下……つまり、奈落の底。
いまはどうなっているんだろう?
「乙女が暮らしていた場所が今もまだあるのなら……奈落の底に落ちて行ったメグリトは生きているかもしれないわね」
私は自分と繋がりを失くして視えなくなってしまったメグリトとの糸に、目を背けながら調べ物を続ける。
ううん、そもそも……あんなに太く絡みついていた糸が視えないのだから、目を背けるもなにもない。
だけど私は、生きていることに希望を見出したかった。
それにしても、大陸の成り立ちについての書物は多いけれども……。
「……奈落の底についての本は、ないのよね」
それに、墨で記された手書きの書物には、後半が白紙なものもある。
そうしたものは、よく見ると紙が淡くキラキラと光っていた。
触れると少しでこぼこしていて、手作りなこともあってこの部分だけ特殊な紙を使ったんだろうか。
私は書物を棚に戻して、溜め息をついた。
都市の古書店をいくつか覗いてみれば、何か見つかるかもしれない。
近いうちに都市にこっそりと行こうと誓った私は、ひとまず今日は仕事を再開することにした。
「トバリと約束した組紐も、作らないとね」
会って渡したときの反応が、今からとても楽しみ。
もちろん彼は綻んだ笑顔を見せて、とても喜んでくれると思う。
もし今後、例え縁が切れたとしても、私のことを忘れてしまっても……この組紐だけは、ずっと大切にしてくれると嬉しいな。
私はゆっくりと丁寧に気持ちを込めながら、糸を真剣に編んでいく。
気付いたら、ささくれ立っていた気持ちが落ち着てきて、日が落ちる寸前だった。
慌てて洗濯物を取り込んで、今度はひとりで寂しい夕食の時間を過ごす。
「私、すっかりトバリが居てくれないと、寂しくて仕方がなくなってしまったのね」
ひとりごちるけど、他の誰からの繋がりも失くしてしまったのだから仕方ない。
かつて繋がりがあった他のみんなが元気にしているのは、トバリから聞いているから……そこまでは心配していない。
でも……。
「メグリトに……会いたい……」
昔、メグリトとの糸が絡んでいた右手首に触れながら、私は楽しかったあの頃を懐古する。
彼に対する後悔に包まれていると、左手の小指がじんと熱を持ったように感じた。
「そういえば、あの時視た朱色の糸は、どうなったのかしら……」
メグリトが奈落に落ちる直前、私が触れたら消えてしまった朱色の糸。
きっとあの朱色の糸は、誰かと誰かの運命の糸だったのかもしれない。
けれども、私が触れたことで、その運命が途切れてしまっていたら……。
そう思うと、罪悪感で胸がズキリと痛むけど、今更悔いたってどうしようもない。
胸を押さえて零れそうな涙を耐えていたその時、また地面が強く鳴動した。
「きゃっ!? また!?」
私は地震が収まるまで、家の中央でひとり体を抱えて丸くなりながら震えていた。
「昔よりも……地震の頻度が増えた気がする……」
この地震が、かつてのように何か悪いことが起きる予兆じゃなければ良いけれども……。
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