10筋:腕に絡みつく糸

「膝枕、してくれる?」

「えっ? う、うーん」

「だめ? ぼく疲れたから、ちょっと休みたいな」


 悲しそうな表情に、思わずタジタジになる。


「それなら、私がいつも使ってる枕使う?」

「コヨリちゃんの? それも良いけど、コヨリちゃんのすぐ近くで、綺麗な髪を見ながら休憩したいの」

「う……」


 もしかして、私がトバリの悲しそうな顔に弱いことに気づいて、わざとやってないかなと思うくらいには、とんでもなく押しが強い。

 でも、彼に限ってそんなわざとらしいことはしない。……しない、はず……。

 根負けした私は、しぶしぶと頷いて膝を差し出した。


「ど、どうぞ」

「ありがとう!」


 トバリがぱぁっと花が咲くような笑顔をしたと思うと、すぐさま私の膝に頭を乗せた。

 手を置く場所を失った私は小さく手を上げて、彼が幸せそうに微笑む様子を眺める。

 何だかんだ言っても、彼が喜んでいる姿を見るのは、私も嬉しい。


「ちょっ……くすぐったいって!」


 右手で三つ編みを持ったまま私の膝でゴロゴロし始めたトバリに、私は苦笑した。


「えへへ、ごめんね」

「大人しくしてちょうだい?」

「うん。……ぼくとっても幸せだな」


 不意に、トバリが私の左手を取って、小指を優しく撫でる。右手に取った私の三つ編みに、軽く口づけをする。


「ちょ、ちょっと、トバリってば……!」

「ねえ、コヨリちゃん」


 大人になった彼のその仕草が、愛おしそうに私を見てくる表情が、私の心をくすぐって来ようとする。

 こんな風に思ってしまうなんて、まるで私がトバリのことを意識しているみたい。


「ぼくとずっと一緒にいてね」


 こんな風に意識しちゃ、ダメなのに。私とトバリは、家族みたいなものなのだから。


「……う、うん」

「絶対だよ?」


 私たちが一緒にいる理由は、家族として……。

 彼に新しい家族が出来たら、いつか私も忘れられてしまう。


 私はトバリからの問いかけを誤魔化すように、私の左手首に唯一絡みついた糸にそっと触れる。

 強く太く絡みついたトバリとの糸は、年々色が薄くなってきているように見える。

 だからこの糸も、いつか薄れて千切れてしまうかもしれない。

 私が断ち切った、みんなとの絆のように。


 その瞬間、私の指と三つ編みに触れているトバリの手が、震えた気がした。

 ふと彼の表情を見ると、私が初めて他人との糸を切ったときに彼が見せた表情を思い起こすような、悲観に包まれたもので……。


「トバ……リ?」


 まさか、トバリは私と同じで、人との運命の糸が視えるの?

 そう思った私は、思わず彼を凝視する。


「……どうしたの? コヨリちゃん、怖い顔してるよ」

「えっ? う、ううん。なんでもないわ」


 すると、トバリはキョトンとした顔で首を傾げて来た。

 びっくりした、気のせいか。そう思って内心でほっと息をつく。

 糸が視える力があったって、なんの役にも立たない。それどころか、他人を無暗に傷付けてしまうだけ。

 だから、こんな力なんてない方が良いに決まっている。


「コヨリちゃんは……ぼくが奈落に落ちたら、助けてくれる?」

「え?」

「メグくんみたいに、ぼくも助けてくれるかな?」


 きっとトバリは、私の表情から何かを察して、何気なく言ったのかもしれない。

 けれどもその瞬間、私の頭にカッと血が上ったのを感じた。


「バカなこと言わないでよ!!」

「っ!!」

「奈落に落ちるなんて、そんなこと言わないでっ……!」


 もう誰かが、私の身近な親しい人が、闇の底に消えてしまうところなんて見たくないのに……!

 それなのに、どうしてそんな恐ろしいことを、軽々しく言うんだろう!


「ご、ごめん……。ごめんねっ……!」

「バカ!! トバリのバカぁっ!!」


 思わず泣き始めてしまった私のことを、起き上がったトバリがぎゅっと抱きしめる。

 トバリのぬくもりに包まれて、すぐそばにいてくれるということを自覚出来て少しだけ安心できたけれども……。


 いつか彼は……誰も彼も、私の前からいなくなるかもしれない。

 いくら太くても、左手首に絡みついた糸の薄さが、私たちの未来を語っているような気がした。

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