9筋:糸解ける茶葉のように
ずっと私に密着していたトバリが、ようやく離れてくれた。
気が済んだのかな……と思ったけれども、名残惜しそうに私を見てくる。
仕方なく抱きしめ返すと、彼は満足して与えられた仕事に戻った。
「ご飯美味しかったよ。ごちそうさまでした、コヨリちゃん」
「おそまつさまでした。でも美味しかったのは、トバリが持ってきた材料が良いからよ」
無事に朝食を作り終えることが出来た私たちは、囲炉裏を囲んで隣り合って遅めの朝食を食べた。
「トバリ、お茶飲むでしょう?」
あとはのんびりしてお茶を飲むだけ……そう思った私が座布団から立ち上がろうとすると、トバリが私を静止した。
「ぼくがやるよ。今日は珍しいお茶を持ってきたんだよ」
何だろうと思い首を傾げていると、トバリが荷物から透明で背の高い急須と、何かを包んだ種のようなものを持ってきた。
「なあに、それ? 何かの種? それに透明の急須なんて、初めて見たわ」
「この種に見えるのは、茶葉なんだって。急須はこの茶葉専用だよ。これにね、お湯を入れてちょっと待つと……」
彼は急須に種のような茶葉を入れて、お湯を注ぐ。
すると、少し待っていると、絡まった糸が解けるように茶葉の種が少しずつ開いていき、中からゆっくりと菊の花が姿を現した。
「わあ! 花が咲いたわ!」
「綺麗でしょ?」
「ええ! でも飲みものなの?」
「うん。他の都市で売られている茶葉なんだって」
「へえ。不思議ね」
急須のお湯に浮かぶ花を興味深く見る私を、トバリが微笑みながら見守っていた。
「喜んでもらえて良かった」
こういうふとした瞬間にどうしてかドキドキしてしまって、彼が大人になったんだなって自覚させられる。
「っ! そ、そうだわ。お茶なら飲まないとね!」
「うん。はいどうぞ、コヨリちゃん」
湯呑みに淹れたお茶を渡してくれるトバリは、私の世話を焼くのが好きなんだろうか。
この調子なら、彼は素敵な彼女を見つけて結婚したら、世話焼きで優しい旦那さんになるに違いない。
……なんて思ってしまった私は、慌てて首を振る。
「いつも来てくれるのは嬉しいけど、たまには休んだらどうかしら?」
「コヨリちゃんは、ぼくが来ないほうが良いの……?」
「そ、そんなことないわ! 来てくれてすごく嬉しいもの」
私の答えににっこりと微笑んだトバリは、お茶を飲み終わると私のところに近寄ってきた。
そして、私の肩に頭を乗せて甘えようとする。
肩にかかったトバリの体重から、頼られているような気がして、私はひとりぼっちなんかじゃないことを自覚できてほっとした。
「お腹いっぱいになると眠くなるね」
「荷物持って来て疲れたでしょう? ちょっと休んだら?」
「そうだね」
ふと、トバリが何気ない仕草で、私の腰の位置まで伸ばした三つ編みをそっと手に取った。
その時、彼の指先が着物の衿から露わになっている私のうなじに一瞬だけ触れて、びっくりしてしまう。
「きゃっ!?」
「ご、ごめん……。コヨリちゃんの髪の毛が綺麗だから、ずっと見ていたくて……」
昔は、みんなから綺麗だと言われるこの髪の毛がとても好きだったけど……。
「でも、今はあんまり綺麗じゃないわ。小さかった頃みたいに、しょっちゅう手入れしている訳じゃないもの」
「そんなことないよ。コヨリちゃんの髪の毛は、いつ見ても綺麗。キラキラ輝く絹糸みたいで、すごく好きだな」
「ありがとう、トバリ」
今となっては、褒めてくれるのはトバリだけ。
彼が褒めてくれるから、私はまだこの髪の毛に自信を持って、三つ編みを続けていられる。
「ぼくが買ってきた服とも、絶対に合う色だと思うんだけどな……」
「あんなに綺麗なの、勿体なくて着れないわ」
「そう言って、コヨリちゃんいつも古いの着てるよね。新しいのも着てほしいよ」
そうしていると安心するのか、しばらく三つ編みを手に取って指で感触を確かめていたトバリが、何を思ったのか不意に甘えた声を出した。
「コヨリちゃん?」
「う、うん? なあに?」
今度は何だろう? と思ってドキドキしながら問いかけると、彼はとんでもないお願いを口にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます