7筋:切れてしまった絆の糸

 私の都市の住人たちが、私のことを悪しざまに口にする。 


「あの子がメグリトくんを突き落としたんだわ!」

「返せよ! メグリトを返せ!」


 悪口だけなら、まだ良かったかもしれない……。

 彼らは私の身体を折檻して、どれだけ悪いことをしたかをこの身に思い知らせようとしてくる。

 私が知っていた人たちが、優しくしてくれていた人たちが、言葉だけでなく態度で私を敵視していると知らしめようとする。


「どこの子だよ? 老婆でもないのにあんな真っ白な髪の子、見たことねえわ」


 自分が原因で幼なじみの一人を失って、これまで大切に思っていた拠り所も失くして……。

 堪えきれない涙と共に、心と身体に受ける痛みになんとか耐えていた。


「あの子が来なければ、メグリトくんは奈落に落ちずに済んだのにね……」

「メグリトが落ちたのは、あいつのせいだ!」


 そう、全部全部私のせい……。


 やたら滅多に傷付けられたあと、真っ暗な闇の中でひとり縮こまっていると、上空から救いの糸を垂らすような明るい声が響いてきた。


『何ひとりで落ち込んでるんだよ、バーカ。コヨリのせいじゃないだろ』

「メグ……リト?」


 それは私がずっと罪悪感を覚えていた、メグリトの声。

 私は思わずその声にすがろうと、顔をあげて手を伸ばそうとすると……。


「メグリトっ!!」


 私を苛む悪夢から目が覚めた。

 ……ううん、メグリトからの救いの声が聞こえてきたから、いつもより良い夢だったかもしれない。

 私はほぼ毎日、こうやって悪夢にうなされている。


 メグリトが私のせいで奈落に落ちてから……。


「あれから、もう六年なのね……」


 私はもう二十歳。

 メグリトが生きていたら、同じ年齢……。

 彼はどんな大人になっていたんだろうかと、ふと思うことがある。


 ここは『拾之都市』から離れた、森の中にある家。

 この森は世界の果てに隣接していて、普通の人は滅多に寄り付こうとしない。

 何故ならば、いつどこで森が終わり、世界の果てが始まるのか……分かりにくいから。

 いつ足を踏み外すか分からない場所に、そうそう人が訪れるわけもない。

 だから、隠れ家としては丁度良かった。


 都市の住民から責め立てられた私の手を取って、勇気を出してここまで密かに逃がしてくれたのも、この家を見つけてくれたのも、泣き虫で怖がりなはずのトバリだった。

 夢に出て来たように、メグリトが助けにやってくるはずもない。


 この隠れ家は意外にも広く、かまどや囲炉裏もある上に、道具も随分と揃っている。

 過去に誰かが家族で暮らしていたのかもしれないけど、辿り着いたときには誰も住んでない廃屋と化していて、色んな所がガタついていた。

 それを私とトバリで少しずつ手入れをしていって、今ではちゃんと暮らしていけている家になっている。


「こうやって過ごしていられるのも、トバリのお陰ね……」


 私はトバリに心の中で感謝した。


 朝起きたら、まずは着古したボロボロの着物を纏い、お米を研いで給水させている間に洗濯。

 きっと今日も拾之都市からトバリが来るはずだから……と思いながら、朝食の準備を進める。

 お米を入れた羽釜の火の調整をしていると、案の定トバリがやってきた。それも、大きな荷物を背負って。


「コヨリちゃん、変わりない?」


 十八歳になったトバリはもう、泣き虫じゃなくなっていた。

 気付けば私が頼ってばかりで、前とはまるで立場が逆転している。


「トバリ。うん、毎日ありがとう。そんなに頻繁に様子を見に来なくても大丈夫よ?」 

「そんなこと言わないで。ぼくがコヨリちゃんの顔を見たいから来てるんだよ」

「う、うん」


 捨てられた子犬のような顔でトバリに言われると、怖気づいてしまう。

 彼は泣き虫ではなくなったけれども、前よりもものすごく甘えん坊になった気がする。

 彼の本来の居場所は拾之都市にあるのに、毎日私に会いに来てくれて、帰るときも名残惜しそうで……。

 そんな表情を見ていると、まるで子どもの頃のトバリの両親が生きていた時に戻ったような気がしてしまう。

 だからその度に、どうして隣にメグリトがいないんだろう……と私の気持ちが落ち込んでしまうのも、仕方がない。


「今日持ってきたのはね、お米と、お野菜と、お魚の干物だよ」

「こんなに持って来なくても良いのよ? 重かったでしょう?」


 一升分1.4kgの米俵とその他諸々を、都市からそれなりに距離のあるこの森まで持って来るトバリの成長ぶりに、私は目を見張るばかり。

 人里離れた生活をしているけれども、彼の持って来てくれる食料のお陰で、人よりちょっと贅沢な食生活を送っている気もする。


 青年になったトバリは清楚感のある着物に袴を穿いていて、背も私より高くなって、スラッとした体格で可愛らしい顔立ちをしている。

 気遣い上手だし、もしかしたら彼は私が知らないところで女の子たちからモテているのかもしれない。

 そう思うと、お姉さん離れしてしまった弟のように感じて、ちょっぴり寂しく感じた。

 ……と言っても、甘えん坊なところは変わりないのだけれども。


「ううん。この程度なら、全然重くないよ。あとね、お金の心配はしなくて大丈夫。だってコヨリちゃんのお金だもん」

「お金は心配してないんだけど……いつも通り足りたのね?」

「うん。コヨリちゃんの作ったものは、質が良いって高く売れるんだよ」


 ほくほく笑顔のトバリに、私もつられて笑顔になる。

 幸いこの家には機織り機が置いてあって、私が家で織った物を、彼が市場に卸してお金に替えてくれている。

 都市のひとたちから嫌悪されて、人との接点を持ちたくても持てなくなってしまった私にとって、とても助かるのだけど……。


「あいつら、コヨリちゃんのことを悪く言うくせに」


 ただ、たまに都市の住民たちに向けて、可愛くてふんわりとした表情に似合わない毒を吐くようになった。


「まあまあ。みんな私のことを覚えてないのよ。仕方ないわ」

「仕方なくないよ!」

「でも、私のことを覚えていないのは、私のせいだからね? 私が自分で縁を切っちゃったんだもの」

「っ。ご、ごめんね。そう言うつもりで言ったんじゃないんだよ! ぼくはっ……!」


 分かってる。トバリは単純に私を思って、心配してくれているだけだから……。

 だからそんな風に傷付いた顔をされると、悲しくなってしまう。


「分かってるわよ。ありがとう、トバリ」


 背が高くなったトバリに向かって私が頭を優しく撫でると、彼は嬉しそうに頬を染めた。

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