4筋:糸を司る乙女1

 世界の果ての端に近い場所にいた私の足元に、亀裂が走る。


「ひッ……!?」


 いまは亀裂が入っただけで、逃げるなら今のうちかもしれない。

 地震はまだ収まらず、ここに長くいるだけ危険が増すことも良く分かっている。

 だけど私は怖くなって、手足がガクガクと震えて、動けなくなってしまった。


「コヨリちゃん! コヨリちゃん!!」

「コヨリッ!! 何やってんだ!!」


 呼びかけて来る二人の方を、私は涙目になって見た。

 決して二人に助けを呼ぼうとしたわけじゃない。

 だって、この場に二人を呼んだら、いま私が立っている場所は沈んでしまうかもしれないから。

 ただ、……すがりたい気持ちがあったことだけは、嘘じゃないから……。

 二人は、私の希望に縋りたい眼差しを感じ取ってしまったのかもしれない。


 トバリは絶望したように顔を真っ青にして、悲鳴を上げて必死に私の声を呼んでいる。

 私と同じように怖くて震えて、動けないでいた。


 そして、メグリトは……。


「メグリト!? な、なんで……」


 大地の震動をものともしないような眼差しで、私がしゃがみこんだ場所まで走ってきた。


「立てるか!?」

「た、立てない……っ」


 未だ続く地震のせいでもあるけれども、それ以上に恐怖で体が震えてしまって動かなかった。

 メグリトが私の腕を掴んで、なんとか亀裂のはいった場所から避難しようとする。

 メグリトは強い。心も、体も、決意も何もかも強くて……私はすごく憧れる。


「無理矢理にでも、ここから逃げるぞ!」


 けれども、勇敢だと思っていた彼の手も、恐怖で振るえていることに気付いた。


「う、うん」


 怖いと思っているのは、私だけじゃない……!

 私は何とか気持ちを奮い立たせて、メグリトに力を借りながら亀裂の入った場所から遠ざかろうとした。


 しかし……。


「!?」


 ゴゴゴと言うものすごい地響きが鳴ったと思うと、次いで先ほどのようなバキバキと言う何かが割れるような嫌な音が足音から響く。

 それが地面が割れる音だということを、私たちはもう知っていて……。

 これ以上地面が割れたら……そう思うと恐怖で足が竦み、私はメグリトの着物の袖をギュッと握り締める。


「……っ!」


 何かを決心したような、メグリトの息を飲む音がした。


「トバリ! コヨリを頼んだ!!」

「キャッ!?」


 メグリトが突然叫んだかと思うと、彼はトバリのいる方へと私を突き飛ばした。

 咄嗟のことで、私はメグリトの袖を離してしまう。


「えっ? えっ?? メグくん??」


 目の前に放り出された私の元に、恐怖で動けないでいたトバリが何とか這ってやってくる。

 私を心配してくれたのか、それとも不安でしかたがなかったのか……。

 トバリがギュッと私のことを抱きしめた。

 そして、メグリトへと視線を向けると……。


「頼んだってどういう……」

「そのまんまの意味だ!」


 メグリトの足元から、バキバキバキッ!! と、一際鋭い音が再び響く。

 音とともに彼のいる場所に激しい亀裂が走る。

 そして、細かく刻まれた亀裂の影響で、地面は粉々になって崩れてしまった。


「きゃーーーーーッ!! メグリトーーーーッ!?」

「メグくんっ!!」


 地面が崩れたことで、メグリトは奈落へと落ちようとしていた。

 しかし彼はなんとか崩れ残った地面に右手をつくことができて、必死に這い上がろうと足掻いていた。


「くっ……」

「メグリト!」

「俺、ダッセェの」


 私は怖気づく足を叱咤して、メグリトのいる場所まで向かう。

 まだ地震は続いていて、トバリは崖に近づくのは危ないと言って私を止める。

 でもメグリトは私を守って死にかけているんだから、放って置けるわけがない!


 ひとりで悪態をつく彼に、私は手を伸ばした。


「そんなこと良いから、早くそっちの手を伸ばして!」

「バカ言うんじゃねえよ。そんなことしたら二人して奈落の底だ! 助けた意味がないじゃんかよ!」

「いやよっ……!」

「お前なんかじゃなくて、親父たちを呼んで来いよ」

「でもっ……!」


 目を離した隙にメグリトが居なくなってしまいそうで、怖くて仕方がない。

 だから近くに来ているはずのお母さんたちに助けを呼んでいるような余裕、私にはなかった。


 そんな時、大地の震動が更に激しくなった。

 メグリトが手を付いている崖の周辺から、ポロポロと土が崩れかけていた。

 ここも間もなく崩れそうな気配を出している。


「くっそ! もう持たないか……!」

「こ、ここは危ないよ、コヨリちゃん……!」

「そーだぞ!」

「だからって……!」


 強がったメグリトの表情は、すごく引きつっている。

 怖いと思っているのに、私たちの手前強がって見せているのが良く分かる。

 そんなメグリトを放って置くのは、絶対に嫌だった……!

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