3筋:地を穿つ、朱色の糸
「ここが、世界の果て……」
「すげーな……」
私たちは、世界の果てに辿りついた。
私たちみたいな無鉄砲な子どもなら案外簡単に訪れることが出来る距離で、おばあちゃんが行くなと言い聞かせていたのも良く分かる。
私とメグリトは世界の果てから、恐る恐る奈落の底を覗き込む。
「……あぶないよ、ふたりとも……」
トバリはと言うと、もちろんそんな恐ろしいことをするわけがなく、私たちの後ろからオロオロと様子をうかがっていた。
「大丈夫よ。そんなに身を乗り出したりしないから」
「マジで何も見えねえのな。これ落ちたらどうなるんだ……?」
恐ろしいことを口にするメグリトの言葉に、私は想像してしまった。
底の見えない、真っ暗な闇。
本当に……落ちてしまったらどうなるんだろう……。
昔、おばあちゃんは、落ちたら戻ってこれないと言っていた。
戻ってこれないのは、どうして?
死んでしまうの? それとも、ずっとこの暗闇の中を彷徨い続けるの……?
この大地に這い上がろうと思って何度も藻掻いても、きっと闇に囚われてしまったらそんなこと出来なくて……。
そう思うと、私は恐ろしさで身震いした。
同じことを想像したのか、トバリも顔を真っ青にして私の袖をぐいぐいと引っ張り始める。
「や、やだよ! そんな危ないこと言わないでよ、メグくん!」
「そ、そうよ! 冗談でもそんな恐ろしいこと言わないでよね!」
「じょ、冗談だって!」
私とトバリの二人がかりで涙目で訴えると、怯んだメグリトが話を変えた。
「で、目的の糸はどこにあるんだ?」
「そうだったわ。ええと……」
「早く見つけて、早く帰ろうね?」
周囲に視線を彷徨わせていると、私はようやく目的の朱色の糸を見つけた。
「あれだわ!」
千切れそうな朱色の糸は、世界の果てのふちの位置ギリギリの場所に、必死で縋りつくように大地に突き刺さっている。
「本当にこの糸、何なのかしら……」
駆け寄ってみて朱色の糸にツンと触れると、以前触れたときと同じように淡い光を放って輝く。
触れているとどこか温かい気持ちになり、力が湧いてくる気がするのは気のせいなのかもしれないけど……。
でも、もっと触れていたいと思うような温かさだった。
珍しく触れられる糸を相手に、私はその感覚をもっと探ろうとしていたところ……。
「コヨリー! こっちに来たのは分かってるんだぞー!」
「戻ってきなさい、メグリトー!」
来た方向から、良く知る大人たちの声が響き渡ってきた。
この声は、私のお母さんと、メグリトのお父さんの声だ。
私は糸から手を放して、慌てて振り向いた。
思いもよらぬ状況に、メグリトとトバリも焦っている。
「え? どうしてお母さんたちが!?」
「や、やべえ! 見つかる前に戻るつもりが、バレてる!?」
「もしかして、都市を出るとき、近所の人に見つかっちゃったのかも……」
まさか大人たちが、世界の果てにまで追いかけに来るなんて、思わなかった。
「二人を連れだしてごめんなさいって謝らないと……。きっとすごく怒られるかもしれないけど、私のせいだもの」
「バカ言うなよ。着いていくって言ったのは俺だから、俺も一緒に謝る」
「ぼ、ぼくも……」
三人でそわそわしながら、大人たちがやってくるのを待ち構えていたその時……。
――今までにないくらい、大地が激しく振動した。
「わっ! わわっ!? え? なにこれ? コヨリちゃん、メグくんっ!!」
「え? これ……地震なの!?」
立っていられないほど激しく揺れる地震に、私たちは慌ててしゃがみこむ。
「さっきよりもすげー揺れてるぞ!! コヨリ、トバリ! しゃがんで世界の果てから移動するぞ! ここは危ない!」
「う、うんっ!」
立っていると、まるで奈落に誘われるようにふら付いてしまう気がして、とても怖い。
だから私たち三人は、地面にはいつくばって世界の果てから遠ざかろうとした。
ふと私は、千切れそうな朱色の糸の存在を思い出す。
振り返ると、果ての大地に突き刺さったまま、地面と共に揺れていた。
何故だか、朱色の糸を放っておいてはいけない気がして……。
私は二人からそっと離れて、急いで糸に触れる。
でも、放って置けないからと言ってもこの糸をどうすれば良いかわからなくて……。
そんな時……。
「きゃっ!?」
朱色の糸が一際眩しく輝いたかと思うと、次の瞬間には跡形もなく消えていた。
「え? なんで? あの糸どこに行っちゃったの?」
慌てて私の手の中を見てみても、掌に収まってなんかいない。
私の手……左手の薬指がほんのりと温かく感じる気がするので見てみたけれども……やっぱり何もなかった。
「コヨリ! ぼーっとしてんじゃねえよ!」
「コヨリちゃん! あぶないから、早く!」
「なんかこの地震変だ! いつもと違って全然収まんねえ!!」
たしかに、メグリトの言う通りだった。
いつも起きる地震は数秒程度で終わってしまうことが多い。
それなのに、いま発生している地震は数分経過していても止まる気配がなかった。
むしろ、まるで何かを振り払うように、震動が激しくなっている気さえする。
「早く親父たちと合流したほうが良いぞ!」
「わ、分かった……!」
私は振り返り、急いで二人のもとに戻ろうとした。
けれども……。
「え……?」
突然、バキバキバキッ……! と言うものすごく嫌な音が響いたかと思うと、私の足元の地面に亀裂が走った。
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