2筋:目に視える運命の糸

 今は亡きおばあちゃんから世界の果てについて教わってから、数年後。

 私とメグリトは十四歳、トバリは十二歳になった。


「ふたりとも! こっちよ!」

「どこまで行くんだよ?」

「もちろん! 世界の果てよ!」

「ま、待ってよー! コヨリちゃん、メグくん!」

 

 私たちは普段着の着物に草履をひかっけて、世界の果てに向かっていた。


 私が先陣を切って、そのあとにメグリトが呆れた様子で着いてきて、トバリがビクビクと怯えながらも追いかけてきてくれる。

 ふたりがいてくれるだけで、とっても心強い。


 私たちの暮らす地域は、世界の中心にある『十指とし神様の大樹』を囲んで作られた都市のひとつで『じゅう之都市』と呼ばれている。

 都市は他にも、『いち之都市』や、『之都市』もある。

 それぞれの都市には、土地を守る神様がいるらしい。

 都市の数は全部で十。そして神様も十神存在していると言われている。

 そのことから、神様は十指とし神様と呼ばれていた。

 ただ言い伝えはそこまでで、どうしてなのかはわからない。


 私たちは、他の都市に行ったことはない。

 それに、ずっと拾之都市で暮らすつもりでいたから……他の都市は見知らぬ世界も同然。

 今日はそんな拾之都市から、ちょっと遠出するだけのつもり。


「本当に、お母さんやお父さんに言わなくて良いの……? 心配するよ?」

「本当に行って戻ってくるだけ。ちょっと視て、それで終わりだから。大丈夫よ」

「ほんとに視るだけで満足すんのか?」


 そんな拾之都市の私たちが暮らす区域から、世界の果てまでは、歩いて二、三時間。

 お昼ご飯を食べてから、世界の果てまで歩いて、そして戻ってくれば、夜までには戻れる算段。

 世界の果てに行きたいなんてことを両親に言えば、止められるに決まってる。

 でも、こっそりと行って帰ってくれば、私たちが世界の果てに向かっていたなんてこと、誰も気づかないはず。

 

「コヨリんとこのばあさんの言いつけ、やぶってんじゃんか。俺は別に良いけどさ? コヨリは良いのかよ?」


 どうして私たちが、世界の果てに向かっているのかと言うと……。


「だって、すごく気になるんだもの!」

「でもコヨリちゃんは、世界の果てが目的じゃないんでしょう? 果てに行くまでに戻ろうよ……」


 トバリの言う通り、単純に果てを見たかったからではない。

 それは私のとある力に関係することで……。


 私は拾之都市から出発する前に、ふたりにこう語った。


「なんか最近、視たことのない糸が視えるのよ……」

「視たことのない糸?」

「いつも言ってる、誰かのと誰かの運命の糸とは違うの?」

「そうなのよ!」


 私には、他のひとが視ることのできない、とあるが視える力がある。


 私には物心ついたときから、人の身体から幾つも飛び出す糸が視えている。

 それらはきっと、人同士の運命の糸なんだと思う。

 どうしてそう思うかと言うと、糸で繋がっているひとたちは、何かしら互いに関係性があるから。

 家族同士の糸、恋人同士の糸、友達同士の糸……。

 特に、私たち幼なじみ三人は、濃くて太い、親友以上の何かが約束されているような糸で結ばれていた。


 そして、糸は人同士の関連性だけではなく、人の寿命も現しているようだった……。

 何故かと言うと、おばあちゃんが亡くなった日、私とおばあちゃんの間に繋がっていた糸が掻き消えたから……。


 私は、幼なじみのふたりだけにそれを共有した。

 大人には内緒の、私たちだけの秘密。


 そんな私が最近見つけたのは、大樹よりも向こう側から伸びて来る、不思議な糸。

 千切れそうなくらいに細くてズタズタになりかけのその糸は、私たちの暮らす都市の向こうにある世界の果てへと糸を伸ばしていた。


「朱色の糸でね。試しに触ってみたら、キラキラ光っていて綺麗だったのよ」


 でもあまりにもか細い糸だったので、沢山触れてしまうと千切れてしまいそうで怖い。

 そう思うと、それが何の糸で、何故世界の果てに伸びているのか、私は次第にとても気になってきた。


「コヨリ、お前今まで糸は触れないって言わなかったか?」

「それがね、あの糸だけはどうしてか触れるのよ。だから余計に気になって……」

「触っちゃいけないものなら、触らないようにしたほうが良いよ……?」

「でも……ねえ……。そうよ!」


 その時、私は思いついてしまった。


「どこに繋がっているか、視に行くわ!」

「はぁ!?」

「ええっ? 視に行くって……。もしかして……世界の果てに?」

「そうよ!」


 と言うわけで、私たちは、拾之都市の隣にある森沿いの道をずーっと歩いている。


「お前ら、休憩しなくて大丈夫かー?」

「私は大丈夫よ」

「ぼくは……」


 ふと、トバリが脇に視線を向けていた。


「……あれ?」

「トバリ? どうしたの?」


 トバリは森の方を恐る恐る見つめて、体を震わせている。


「ねえ、コヨリちゃん、メグくん……。何か聞こえない?」

「えっ? 何かって……なあに?」

「ううん……。良く聞こえないんだけど……何かに呼ばれたような気がして……」


 私とメグリトは目を合わせる。


「音……うーん、聞こえなかったわ」

「俺も。つーか、気味悪いぐらい、動物の鳴き声とかしないんだけどさ」


 この答えは、トバリを脅かそうとしたわけじゃなくて、本当に聞こえなかったから。

 でも怖がりなトバリは私たちの回答に驚いてしまったみたい。

 私たちのところまで駆けだすと、私にぎゅっとしがみついた。


「こわいよ……なんだか呼ばれてるみたいで……。でも、あっちに行ったら戻ってこれなくなっちゃいそうで……!」

「大丈夫よ。私とメグリトが一緒にいるから、一人でなんかあっちに行かせないもの! ね、メグリト!」

「ん、まあな」


 成長してもトバリの気弱な性格は変わらない。

 むしろ、前よりも私たちにくっついてくるようになった気がする。

 震えてしがみ付くまだまだ可愛い私の弟分を、私もぎゅっと抱きしめ返した瞬間……。


 グラグラと、大地が鳴動し始めた。

 突然の出来事に私とトバリはバランスを崩し、地面にしゃがみこんでしまう。


「これ、地震か!?」

「わあぁっ!! コヨリちゃん! メグくん!! こ、怖いよ!!」

「大丈夫よ、きっとすぐ収まるから……!」


 メグリトが真剣な表情で、私たちの元に駆けだしてきてくれた。

 すぐ近くには、転落しそうなものはない。

 倒れて来るものがあるとすると、森の木くらいのものだけど……、三人で身を寄せ合って地震から身を守る。


 しばらくすると地震が収まり、私たちは周囲を見回して安全を認めると、その場から起き上がった。

 トバリだけは、まだ私にしがみついている。


「最近、地震が多いな」

「うん。どうしてかしら……」

「やっぱりここに来ちゃダメだったんだよ……」


 震えながらしがみ付くトバリを、私もぎゅっと抱きしめ返した。


「ここのところ地震が多かったでしょ? その影響だと思うわよ?」

「でも……ぼく怖くて……」

「大丈夫。大丈夫よ」


 背中をよしよしと安心させるように撫でると、トバリも少し落ち着いたらしい。

 私が涙目になっているトバリの手を繋ぐと、彼の顔が少しだけ安堵した表情になった。


「ほら、コヨリ、トバリ! さっさと行って、ちゃきちゃき帰るぞ!」

「そうね。バレたら叱られるもの」

「早く帰ろうね……!」


 こうして、私たちは都市に引き返すことなく、世界の果てに向かった。

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