十指神様の糸檻姫 ~糸の乙女は、神のヨリシロたる少年と共に大陸を紡ぐ~

江東乃かりん(旧:江東のかりん)

1筋:糸で織られた空中大陸

「世界の果に行ってはいけないよ」


 昔、まだ小さかった私たちに向かって、おばあちゃんが言った。


「向こうを見てごらん」


 おばあちゃんの指差す方向には、『十指とし神様の大樹』と呼ばれる大木がそびえ立っている。

 どの土地からでも見上げることが出来るほどに大きなことから、世界のシンボルとも言われているらしい。


「でっけー木だよな」


 視線を大木へと向ける彼は、私の幼なじみメグリト。

 やんちゃで、ぶっきらぼうで、怒りっぽい。

 だけど、なんだかんだで面倒見が良くて、いざと言うときに頼りになる男の子。

 性格は素直じゃないけど、真っ直ぐな朱色の瞳を見ていると心強さを感じる。


「私たちが暮らすこの大地はね、大樹様から繋がり出た糸で、編み出されたと言われているんだよ。大樹様が支えるこの大地は、宙に浮かんでいるらしいのさ」

「宙に浮かんでいるってことは、この下があるってことか?」

「そうだね。ここは空中大陸ってことだ」

「糸って、コヨリちゃんの三つ編みみたいなので出来てるってこと?」


 私の三つ編みを優しく手に取るのは、トバリ。

 甘え上手なトバリも、私の幼なじみ。

 泣き虫で、人見知りする性格は、メグリトとは正反対。

 いつも私とメグリトのあとを健気に追いかけて来る、ふわふわな藍色の髪と、同じ色のくりくりとした瞳が可愛い弟分。

 左目の目尻にある泣きぼくろがチャームポイントな、気弱な男の子。

 

「でもおばあちゃん、地面はふかふかな土で出来ているのよ。糸なんか見えないわ」


 私の名前はコヨリ。

 絹糸のような髪色が綺麗だね。なんて良く褒められる、普通の女の子。

 私は自慢の髪の毛を少しでもお洒落にしたくて、毎日三つ編みを編み上げている。

 いつも、トバリが綺麗だと褒めてくれて触れるたびに、くすぐったさを感じる。

 ああ、ううん。違うかな。

 私は普通の女の子だけど、少しだけ他の人と違うところがある。


 でもいまは、私のことじゃなくて、おばあちゃんのお話を思いだそう。


「私たちの大地を守る、の力のおかげだよ。神様は、私たちが豊かに暮らせるように、大地を編んだんだ」

「神様ってすげーな」

「そうだろう。あの大樹様とは反対へと向かうと、地の果てが見えるのさ」


 メグリトがワクワクとした眼差しを、大樹とは正反対の方向へと向ける。

 そんなメグリトの好奇心を感じ取ったのか、おばあちゃんは厳しい顔をして私たちに言い聞かせた。


「良いかい? 世界の果てに行ってはいけないよ」

「どうしてなの?」

「そうだよ。そんなこと言われると行ってみたくなるじゃんか」

「僕は……怖いな……。だって、果てってことは、終わりってことでしょう? 何があるの……?」


 私たち三人の反応はそれぞれ違う。

 私はメグリトほど気にはならないけど、でもどうして行ってはいけないのかは知りたいと思った。


「世界の果ては、世界の終わりさ。底が見えない暗闇がずーっと広がっているからね。落ちたら、戻ってはこれないよ」

「へぇ。本当に底が見えないのか?」

「気になるけど、危ないんじゃだめだね。おばあちゃんの言いつけを守らないと」

「戻ってこれないの……嫌だな……」


 おばあちゃんの話に怯えてぎゅっと袖を握り締めるトバリの頭を、私は優しく撫でた。

 ほっとしたのか、トバリが安心したような可愛い笑顔を見せる。


「メグリトは心配だね……。まったく、危ないから、決して近付いてはいけないよ」

「うん、分かったよ」


 その時私は頷いたけど、本当は、分かってなかった……。

 私はおばあちゃんの言葉の意味を、正しく理解していなかったから。


 落ちた人は戻ってこない。

 それがどんな意味なのか、分かっていなかったの……。


 だから、私があんなことさえ言わなければ……。

 ううん、もしかしたら。私にこんな力がなければ……。

 彼は今までと変わらずに、私たちと一緒に暮らしていられたのに。

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