第8話 シルヴィ、新たな道に進む

「うあ!これが海なのね!」


 我が国は海に面していない。

 だから隣国にある港から、大きな豪華客船に乗り込む。

 3日かけて、隣国の港までやってきた。


 約1年かけての、豪華客船の旅。

 海を巡り、最終この地まで一周旅行だ。


「お嬢、あんまりはしゃぐと落ちるぞ」

 溜息をつきながら、私についてきてくれたシア。

 専属侍女2人は、一旦実家へ戻ってもらった。


 専属侍女は、元々一族の男爵家の令嬢。

 しかも結婚適齢期の女性だったから。

 実家で気に食わない縁談を迫られたり、侯爵家が良いと思ったら、戻ってきたら良いと一言告げて。

 少なくとも船に乗れば、1年は家には帰らないのだから。


 (たまには彼女達も、のんびりすればいいわ)


 いつも私を影で支えてくれている、彼女達への敬意のつもり。

 有給扱いのはずだから、お給金はいつもより少ないけど出てるはずだ。

 彼女達が、自ら辞めますというまでは払い続けるはず。


 この船の旅は、正確には王家からの慰謝料の一部だ。

 あれから、セリル殿下は毎日のように謝罪と婚約解消の取り消しを求めて、侯爵家に通いつめていた。


 私は会ってないのだが、対応してくれてきた使用人達は大変だったと思う。

 

 こちらからの抗議に、この件を早く決着をつけたい王家との利害は一致。

 王妃――セリル殿下の母親の生家である侯爵家から、この船旅のチケットが送られてきた。


 こちらが逃げ出す事にシアは反対していたけど、丁度旅をしたかった私は大喜びして、ここにいる。


 (1年も経てば、きっと私の事なんてどうでも良くなっているでしょう)


 そもそも殿下の浮気が発端だ。

 追いかけ回されても困る。

 それに、この旅で私が新しい婚約者でも連れて帰れば、丸く収まる――と勝手に思ってる。


「ふふ、そうしたら助けてくれるでしょ?」

「はあ、仕方ねぇな」


 何だかんだと言っても、今回もついてきてくれたシアには感謝している。


 シアだって、専属侍女達のように、選ぶ権利があったのに。

 『はあ?着いて行くに決まってるだろ!』

 と、さっさと旅支度を始めたのは、本当に助かった。


 (1人で行くのは……ちょっと心細かったから)


 だけど、そんな想いは――あの時みたいには言えない。


「お嬢を1人にしたら、また泣いちゃうしな」

「それ、まだ言う?」


 あの時、シアが私の側からいなくなると考えただけで、とても不安で。

 泣いて縋ってしまうなんて――恥ずかしい。


 事あるごとにシアは思い出して、ニヤニヤしているところが癪に触る。


 だけど私がいなくなって、他の人の執事になってる姿を想像するだけでも――。


 (駄目だわ――なんだか腹が立ってきた!)


 手のひらで転がされているような感覚。

 無性に腹が立つけど、離れていって欲しくない。


「はあ」

 思わず溜息をつくと、シアに温かいお茶を手渡たされた。

 船の甲板は風が強く冷えてきたから、温かいものは丁度いい。


 (気のきく優秀な執事だこと!)


 これだから嫌いにはなれないのだ。

 どんなお小言を言われても。

 頼りにしてしまう。


「客室に入れば、何か作ってやるから」


 (いつまでも子供扱いするのね……何よ、同い年くらいのくせに!)


 そうは思うけど、これ以上この話を続ける気にはなれない。

 口ではどうせ勝てないのだ。


「そういえば、あのユリさん?って……」

 話題を変えるために、セリル殿下の浮気相手――の事を聞こうと思ったけど。


 シアの雰囲気が、急に冷めたものに変わったことを感じる。


 (これ以上、聞かない方が良い――)


 私の本能がそう言ってる。

 こういう勘は当たるものだ。

 私は口を閉じる事にした。


「まあ、もう2度とお嬢の前には現れないよ」


 シアはそれだけ言うと、見た事ないような冷めた笑顔を浮かべた。


 ぞくっと背筋が凍る感覚とは、こういうものなのか。

 気のせいだと思うけど、黒いオーラが見えた気がする。


 (うん、もう聞くのはやめよう)


「ここは、冷える。もう客室に戻ろう」

 シアはそう言うと、私に手を差し出した。


 (手を取れ――ということ?)


 私はおずおずと、片手を置くとぎゅっと絡めとられた。


 「ほら、行くぞ」

 少し乱暴にシアは言うと、手を引かれて歩き出す。


 よく見ると、耳の後ろが赤い。


 (何、これ。私を悶え死にさせる気!?)

 

 もう遠慮しないって言っていたシア。

 馬車の中でも手を握ったりと、ずっとスキンシップを計られてきた。


 でも、その度に顔を真っ赤にしている、シアが可愛く見えてきて。


 (可愛いって言ったら怒られるでしょうけど――しっかりしているけど、こういう時は年相応だと思えて、ちょっと嬉しい)


 心がぽかぽかしてきて、心地良くて。

 でもちょっとドキドキして。

 きっと私は、このままずっとシアといるんだろうな。


 (だって、この手を離したくないもの)


 出港を知らせる船の汽笛が鳴る。


 このドキドキは、何に対してなのか。

 帰ってくる頃には、判明しているかもしれない。


 新たな旅立ちに、私は胸を躍らせていた――。


 

 

 ******


お読みいただき、ありがとうございます。

 一旦区切りとさせていただきます。

 続きを考えていますが、また思いつき次第、章分けして、いきます。


 また次回作でお会いしましょう!


 桃元ナナ

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冥府の神も金次第? 桃元ナナ @motoriayu

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