第6話 専属執事、過去に思いを馳せる

「ルシア様」

 俺がお嬢の部屋から出ると、壁にもたれかかるようにアガリアが立っていた。


「その名で呼ぶのはやめろ」

 短く俺がそう言うと、アガリアは姿勢を正し、頭を下げた。


「申し訳ございません。ルシア様の力が見えたものですから」

「――お嬢の封印が解かれる」

「何ですって?」


 俺の言葉にアガリアは大きく目を見開いて、そして視線を落とした。


「やはり、弟君の力でしょうか」

「まあ、そうだろうな。思いっきり加護つけてるからな」


 お嬢は、アイツのお気に入りの魂だ。

 じゃないと、自分の力の一部である癒しの力なんて、つけるはずはない。

 何度も何度も、俺の力を使って封印しても。

 完全には閉じられなくなっていた。


「どうするおつもりですか」

「――お嬢に危害を加える輩は排除するだけだ。弟であっても」


 それは初めから決めていたことだ。

 助けられた、あの時から。

 俺は、父神が作った人間に下ったのだから。


 父と母は、最初に俺と双子のアイツを作り。

 それぞれの世界を守らせようとした。


 だが俺は――。

 自分勝手に過ごしていた。


 そんな時、この国の今の国王――俺が会った時は、第3王子だったか。

 あいつが、大金を持ってどこから聞いたのか、俺の元へやってきた。

 あいつの願いは、2人の兄弟を蹴落とし王になること。

 面白い半分だった。

 純粋な欲望。

 そんな目は、以前の俺は大好物だったから。

 お嬢に出会う前の俺は、欲望に忠実だったし、現れる人間に対してもそうだった。


 (だが、屑の息子は屑だな)


 お嬢を害した、あの魔女の魔法。

 王子に魔法をかけ、お嬢への想いを自分へとすり替えさせた。

 本来強い想いには、あの魔女がいかなる手腕を使ったとしても堕ちることはなかったはずだ。

 堕ちてしまったということは、あの王子の気持ちはその程度だったということ。

 

 俺としては、お嬢を傷つけたあの2人を許す訳はない。

 万死に値するわけだが、普通に殺すだけでは駄目だ。

 だから、王子と共に冥府へと送ってやった。


 冥府の地は生きた人間は、普通はいけない。

 だから一旦、奴の元へと送った。


「オズワルドですか……まあ2度と此方へは戻って来れないでしょうね……」

 アガリアはそう言い、首を横に振った。

 きっとオズワルドのやりそうな事を、想像したのだろう。


 オズワルドは、冥府の中でも変わり者で研究者だ。

 生きた人間なんて、滅多にお目にかかることはない。

 だから奴の元へと送った。

 死ぬよりも苦痛を味わうと思ったから。


 それにオズワルドは、俺の意図を理解し、王子の魔法を解いてみせた。

 何が仕掛けたに違いない。


 (奴は見た目だけはいいからな)


 魔女が陥落したって事だろう。


「オズワルドには好きにして良いと伝えろ。奴も外見は美しいからな。魔女も満足してるだろう」


 恐らく魔女が、王子をターゲットにしたのは、何処からかの圧力。

 どこ国でも、政治の世界では、パワーバランス、駆け引きが存在してる。

 お嬢の侯爵家が王家と近づきすぎることに警戒して、魔女を使った事は分かってる。


 (侯爵自身に、野心の1つもないのにな)


 あんなに純粋な人間は珍しいというのに。


 馬鹿な奴らだと思う。

 お嬢を傷つけ、危うく記憶を戻しかけているこの状態を、俺が許すと思っているのか?


 思い出されるのは、お嬢と初めて会った時のこと。

 

 好き勝手やって、人間界を荒らしまくっていた俺の目の前に、父の剣を持った弟が現れた。

 俺の姿を子供にまで戻して神力を封じ、アイツは俺に剣を突き立てた。


 アイツが去り、この力が完全に尽きようとした時、お嬢が現れた。

 泣きながら、こんな俺を助けようと必死になって。


『こんな力!お母様も救えなかった!貴方も救えない力なんて、何の意味もない!』


 そう言いながら、必死に俺に癒しの力を施したお嬢に囚われてしまったのは、俺だ。

 まだ人間の中でも子供で。

 小さくか弱い存在なのに。

 魂が瞳がキラキラ輝いて。

 眩しかった。


 (こんな人間もいたんだな……)


 俺が冥府で見てきた人間とは違う。

 俺が虐げてきた人間とは根本的に違う何か。


 父神が慈しむ存在。

 それに惹かれた。


 (彼女が幸せならそれで良いって、最初は思っていたのにな)


 彼女が王子のことを好きだったから、婚約させた。

 彼女が俺に懐いてくれたから、姿を見せて共にいた。

 回復しつつある神力に比例して、俺の身体は成体になるのを抑えてでも、彼女と人間のように共に成長することにした。


 愛する存在を失い、失意の中にいた侯爵に半ば脅しのように、『お前の望みはなんだ。その代わり俺の望みも聞いてもらう』と囁けば、『もう一度、愛する妻に会いたい』と。

 それで交渉は成立した。


 まだ身体が幼体だった俺は、アガリアの力を借り、夫人の魂を少しの間現世に引き戻した。

 公爵は泣きながら俺に礼を言い、『そんな事で良いのですか?』と侯爵家に迎入れてくれた。


 俺が初めてといっていい。

 お金以外の対価を求めた。


 侯爵は人として純粋な分、勘が良かった。

 俺は人ではないと知りながら、迷いなく迎え入れてくれた。


 人としての人生を全うし、神の領域に足を踏み込んだアガリアは、何故か弟ではなく俺に膝を折り、この侯爵家に共に入った。

 侯爵は色々と純粋すぎる。

 薄汚い、政治の世界には不向きだとわかっていたから。

 元人間であるアガリアが丁度良かったのだ。

 

 お嬢は俺を助けた事と引き換えに、癒しの力を失ってしまった。

 弟の神力の一部である、聖魔法とは正反対側にいる俺にも有効だったが、その行いが弟の逆鱗に触れたのだろう。

 

 癒しの力の事はお嬢の苦しめる。

 母親を病から助けられなかった自責の念に直結するから。  

 彼女を押し潰す程の苦い思い出。

 大好きだった母親を助けられなかった事実が、幼い彼女には耐えられない絶望だっただろう。

 だから癒しの力の記憶を封印した。


「それでは――どう動かれるおつもりですか?」

「お嬢が、外の世界へ出たいと言ってる。外国を周りたいそうだ。勿論俺もついていく」

「――ルシア様は、良い顔をなさるようになりましたね。気づかれてますか?」

「――煩いぞ、アガリア」


 お嬢が成長して、どんどん綺麗になっていって。

 ただ側で見守るだけでは、足りなくなったのはいつの日からだったか。


 (俺の心と同じ気持ちでは、いてくれないだろう)


 そうは思っていても、俺の事は必要としてくれてることが嬉しくて。

 決して側から離れていかないように、雁字搦めに依存させたのは俺だ。


 (俺がどれだけ、己が感情を抑えているか)


 人間を慈しむ心。

 愛する心が生まれるなんて。

 王子と笑い合う姿を見て、どれだけ嫉妬していたか。

 お嬢は気づいてないだろう。


「わざわざ宝剣を用いて、貴方に対峙されたルメス様には感謝せねば」

「アイツの名前を呼ぶな」


 ルメスは双子の弟で、この地上の神とされる存在。

 俺は冥府の神として、母上と共に父神が愛するこの地上全ての魂を浄化し、輪廻の輪に戻す役割をしてきた。


 アイツは、俺を滅するつもりで対峙したはずだ。

 それなのに、自ら愛し子として贔屓してきたお嬢に救われる事になるなんて、思ってもみなかった事だろう。

 それ故に逆鱗に触れ、お嬢は癒しの力が使えなくなったのだから。


「お嬢様に何も言わないおつもりですか?」

「今は、まだ、な」


 お嬢の心の傷が癒えたら。

 勿論、それまでに完全に心も手に入れるつもりだ。


 (お嬢は哀れだな。こんな俺に愛されて)


 俺はきっとお嬢のためなら、父や母にも逆らうだろう。

 他の神さえも敵に回しても、俺は彼女を選ぶ。


 この想いが愛なんて崇高な想いなのか分からない。


 (そんな綺麗なもんじゃない)


 彼女を大事にしたい、慈しみたいと思う一方で。

 俺以外、何者にも合わせず閉じ込めたいと思う気持ちと。


 2つが同居していて、俺を戸惑わせる。


 (だが悪い気はしない)


「シア。未来の事、夢見ていいんですよ?」


 アガリアの言葉に、俺はどんな顔をしていたのだろう。

 

「お嬢が望む事を、するだけだ」

「お嬢様は賢いですよ。それに勘が良い。いずれにしても早めに貴方様の口からお伝えすることを、お勧めしますよ」


「ああ」


 曖昧な返事で返した俺に、さらにアガリアは苦笑いを浮かべたのだった。

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