第4話 シルヴィ、執事の裏の顔を知る

 身支度をし、我が家のサロンの前まで来た時、中での話し声が聞こえてきてしまった。


「ル、ルシア様!どうか!お願い致します!」

「嫌だね」


 懇願する国王様の声。

 そして、それを一言で断るシアの声。


 シアの声は、底辺を這うように低い。


 (こんな声、知らないわ……)

 

 頭は今だに痛いし、身体も重い。

 だけど、状況を見極めた方が良いだろうと思う。


「そ、そこを何とか!あの時の3倍のお金や宝石を用意しております!」

「――まったく、君はあの頃から何一つ変わってないねえ」


 あるで国王様を嘲笑うかのような、シアの声は続く。


「俺は忠告したはずだけど?このままでは、アイツは駄目だと。ちゃんと教育したのかな?」

「そ、それはさせました!だけどセリルは……」

「言い訳は結構。その結果がこれだ。だからあんな性悪の魔女につけ込まれた」


 (魔女?セリル殿下の隣にいたのは魔女なの?)


 話は終わりのように立ち上がるような音が聞こえて、靴の音が近づいてくる。


「お、お待ち下さい!セリルをお返し下さい!」

「嫌だと、さっきも言った」


 (セリル殿下?シアったら、また何をしたっていうの?)


 何をしたかは分からないけど、セリル殿下がいなくなり、国王様は憔悴しきっている。

 それが事実だろう。


 (まさか私が目の前から消えてくれたら、なんてあの時に言ったから?)


 現実的に無理だと思ったけど、シアは何らかの方法でセリル殿下達を消したということになる。


 背中に嫌な冷や汗が流れる。

 

 (一国の王子に何してくれてるのよ!)


 不敬罪どころか、その場で処刑だってあり得る。


 (シアったら、私を、我が家を破滅させる気?!)


 怒りと焦りで、頭がズキズキ痛む。

 だけどそんな悠長な事は言っていられない。


 そんな事を考えていたら、サロンの扉が開き、シアが中から出てきた。


「――お嬢?」

 人前だというのに、いつもの話口調で。

 シアの漆黒の瞳は揺れている。

 そして、中にいるアガリアを睨みつけると溜息をついた。


「――なんで、ここに?」

「――何をしたか知らないけど、セリル殿下を戻しなさい」


 顔は怒りで真っ赤になっていただろうけど、努めて冷静な声を出せたと思う。


「おお!シルヴィ嬢!味方してくれるか!」

 国王様の歓喜の声が、響く。


「だけど……」

 シアはそう言うと、もう一度溜息をつき、国王様に視線を動かした。


「――魔女の方はどうする?俺はこっちに戻すことに賛成しないけど」

「魔女は其方にお任せする!セリルを!」

「はいはい、分かったよ。対価は今日持参した分ね。お嬢様の慰謝料は別途請求するから」


 シアがパチンと指を鳴らす。

 ただそれだけ。


 だけど、サロンに突然、セリル殿下の姿があった。


 (今の何?魔法?)


 魔法はこの国にでもあるし、特に貴族には使える者が多い。

 だけど瞬時に人を移動させるような高度な魔法なんて、使える人を知らない。


「セリルよ!」

 国王は息子の生還に歓喜し、抱き合いながら涙を流した。


 セリル殿下はまばたきを2、3した後、国王様の姿に安堵の溜息をついた。

「父上……シルヴィも」


 セリル殿下の視線が動き、私の姿を見つけると、昔よく見た笑顔を見せた。


 国王様の腕を解き、私の方に近づいてきた。


「シルヴィ、ごめん。僕は君に酷いことを……」

 セリル殿下はそう言って、私に頭を下げた。


「一体何が……?」

「どうやら、僕はあの女性――魔女らしいんだけど、術をかけられていたらしい」

「魔女の術……?」


 あの女性は魔女だったということは、シアもさっき言っていたから事実なのだろう。


「だから、心にもない事を――シルヴィ、本当にごめん。君をきっと傷つけただろうから」


 本当に心にもない事なのだろうか。

 普段何気なく思っていた事が、魔法で増幅されただけではないだろうか。


 (一度でも裏切った人は、またきっと裏切る……)


 私が好きだったからこそ、彼をもう信用できない。

 きっとこれからの人生、彼を疑い続ける。

 そんな状態の結婚が、良いとは思えない。

 お互い心を疲労させていく一方だろう。


 例え今だに少しは好きでも、もう彼とは一緒にはいられない。


 いくら魔法て操られていたとしても。

 そう懇願されたとしても。


 それに枕を濡らした夜に、彼への未練は断ち切れたはずだ。


 (私の恋心は終わったはず。この決断を、後悔しないわ)


「セリル殿下。やはり婚約を解消してください。わたくしは、シアと共に行くと決めました」

「えっ?」


 私の言葉に、セリル殿下は目を大きく開けて、口をぱくぱくさせている。


 シアと共には、半ばはったり。

 私と共にいてくれる保証なんてない。

 

 でも一緒に国を出て、旅して回るのは丁度いい相棒だ。


 だけど、誰かを引き合いに出さないと、きっとセリル殿下は納得してくれない。

 そう思えたから、1番身近なシアの名前を口にしただけ、だ。


 (断じて、あの時ときめいたからではないわ)


 新たな恋の予感を感じで――ではない。


「い、今の言葉!嘘偽りない?!」

 かなり食い気味に、シアはそう言うと私を抱きしめた。


 力強すぎて、ちょっと痛い。


「――ないわ。だって一緒に旅行、ついてきてくれるでしょ?」

「当たり前だろ!お嬢が嫌がったって、ついていくに決まってる」


 ちょっとその重い言葉に引いたけど、私はシアを押しのけて、セリル殿下と国王様に微笑んだ。


「そういう事ですので、お引き取り下さい。セリル殿下もお元気で」

 それだけ言うと踵を返す。


 本当にこれで、さよなら、だ。


 そう思った時、足元がふらついた。

 咄嗟にシアが後ろから支えてくれて、そしてそのままお姫様抱っこされた。


「ちょ!シア!歩けるわよ!」

「お嬢――いや、シルヴィ。無理すんな。体調悪いんだろう?」

「そ、それは……」

「そういうことだから、さっさと帰れ。次なんか頼み事してくる時は、今回の倍な」


 シアは吐き捨てるように国王様に言うと、そのまま私の部屋まで連れて行き、ベットの上に横たわされた。

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